四字熟語

四字熟語根掘り葉掘り68:言われもしないのに「直立不動」

四字熟語根掘り葉掘り68:言われもしないのに「直立不動」

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 「直立不動」とは、言うまでもなく、〈真っ直ぐに立って動かない〉こと。こんなシンプルな表現でも、使われる文脈によってはさまざまなニュアンスを帯びるのが、四字熟語のおもしろいところです。

 この四字熟語の使用例を集めてみると、目立って多いのは、軍隊や警察、そして学校など、厳格な上下の秩序を大切にする組織を背景にしたもの。上位の者の前で下位の者が「直立不動」になるのが一般的で、「上官に対して直立不動で敬礼する」「直立不動の姿勢で上司の話を聞く」などが、典型的な例です。

 これらは、基本的には、上位の者に対する敬意を表す動作です。しかし、実際には、それが義務だったり、強制的なものだったりすることがよくあります。「直立不動」の使用例で最も多いのは、そのタイプ。この場合、「直立不動」はどこか個人の自由を軽んじるような雰囲気を帯びることになります。

 「直立不動で何時間も廊下に立たされる」「直立不動のままビンタを食らう」などは、その度が過ぎた例。いわゆる体罰と結び付きやすいわけですが、それは「直立不動」そのもののせいではなく、あくまで、ことばを使う人間の方の問題。その証拠に、「直立不動」の特色をうまく生かしたユニークな使い方をする作家さんも、たくさんいらっしゃいます。

 たとえば、北杜夫さんは、『どくとるマンボウ航海記』(1960年)の中で、とある外国の家族に写真を撮らしてほしいと声をかけると「みんなしゃちほこばって直立不動の姿勢をとった」と書いています。カメラを前にすると自然とぎこちない姿勢になってしまうのは、昭和生まれの私などにも、よくあること。北さんは、このごく自然な人間の反応を強制的な色合いの強い「直立不動」を使って表現しているわけで、読者は思わずほほえんでしまいます。

 あるいは、庄司薫さんの『さよなら怪傑黒頭巾』(1969年)には、いい歳をした社会人が酔っ払って、「左右から支えられながらも、ほとんど直立不動の姿勢をとって」浪人生に向かって語りかける場面があります。だれに命じられたわけでもないのに、相手かまわず妙に敬意を表そうとする酔っ払いって、時々いますよねえ!

 最後にもう1つ、森見登美彦さんの『有頂天家族』(2007年)から。「人を馬鹿にしたように大きな信楽焼の狸がカウンターの中で直立不動の体(てい)でいる」。焼きものの狸が動かないのは当然ですが、それをあたかもだれかに命令されたかのように「直立不動」と表現しているのが、とてもユニーク。ところが、この狸、実は店主が化けた姿だというのですから、なかなか隅に置けない四字熟語の使い方だと言えるでしょう。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「直立」を調べよう
漢字ペディアで「不動」を調べよう

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≪著者紹介≫

円満字二郎(えんまんじ じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)、『漢字の植物苑 花の名前をたずねてみれば』(岩波書店)など。
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/

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筆者作成(シルエットACの素材を利用)

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