四字熟語

四字熟語根掘り葉掘り69:「創業守成」が台なしになった話

四字熟語根掘り葉掘り69:「創業守成」が台なしになった話

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 7世紀の初め、唐王朝の第2代皇帝、太宗(たいそう)といえば、中国史上でも屈指の名君として知られています。父の初代皇帝、高祖(こうそ)を助けて中国統一を果たしただけでなく、その政権基盤を確立して唐王朝300年の繁栄の基盤を築いたからです。

 太宗の政治的な手腕は、『貞観政要(じょうがんせいよう)』という本に記録されて、現在まで伝わっています。その中に、以下のような有名なエピソードがあります。

 太宗はあるとき、部下たちを集め、「帝王の事業を創始するのと、それを守って成り立たせていくのとは、どちらが難しいだろうか」と尋ねました。

 生え抜きの重臣、房玄齢(ぼうげんれい)は、「ライバルたちを撃破する困難さを考えれば、事業を創始する方が難しいでしょう」と答えました。

 一方、魏徴(ぎちょう)という家臣は、こう答えました。「天下を統一した王朝が衰退する原因は、たいてい気の緩みにあります。守って成り立たせていく方が難しいでしょう」。

 魏徴は、太宗の政権基盤が固まってからその部下となった人物。このころの太宗の部下たちの中にはは、房玄齢のような古参組と魏徴に代表される新参組の二つのグループがあって、対立していたのです。

 それを踏まえて、太宗はこんなふうに答えました。「房玄齢は私と一緒に王朝創始の苦労を経験してきたから、その難しさを知っている。魏徴は私を支えて政権を守ることに心を砕き、その難しさを味わっている。しかし、創業の苦労はもう終わった。これからは力を合わせて、政権を守り成り立たせていこうではないか。」

 つまり、太宗は、〈事業を始めるのもそれを守るのもどちらも難しく、比較できるものではない〉と、両グループの功績をきちんと評価した上で、今、果たすべき課題について協力を促したのです。部下に対するこういう心配りが、太宗が名君と呼ばれる1つの要素なのでしょう。

 このお話からは、「創業守成(そうぎょうしゅせい)」という四字熟語が生まれています。ただ、この四字熟語の意味を辞書で調べると、〈事業を始めるのはやさしいが、それを守っていくのは難しい〉と書いてあるのがほとんどです。これでは、せっかくの太宗の気遣いが台なしですよねえ!

 私はそこに大いに納得がいかないのですが、考えて見れば、創業者がいなくなったとたん、経営が傾いてしまった企業なんて、いくらでもありますよね。ことばとは、本来そうあるべき意味よりも変化した意味の方が、現実をよく映し出すものなのでしょう。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「創業」を調べよう
漢字ペディアで「守成」を調べよう
漢字ペディアで「創業は易く、守成は難し」を調べよう

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≪著者紹介≫

円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)、『漢字の植物苑 花の名前をたずねてみれば』(岩波書店)など。
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/

≪記事画像≫

唐太宗像(台北国立故宮博物院蔵)

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