四字熟語根掘り葉掘り71:「四当五落」と昭和の選挙狂騒曲

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)
受験勉強は「四当五落(よんとうごらく)」。
昔は、そんなふうに言ったものです。その心は、〈志望校に合格するためには、睡眠は4時間。5時間も寝ていたんじゃ不合格になる〉。私が高校生だった1980年代の半ばにも、ある先生がそんなふうにおっしゃっていたのを、耳にした記憶があります。
そういう精神論みたいなものは、2020年の今では、はやらないことでしょう。そもそも、睡眠時間を削ってかえって頭のはたらきが鈍くなっては、元も子もありませんものね。
ただ、私が「四当五落」について腑に落ちないでいたのは、その点ではありません。「落」の方は〈試験に落ちる〉ことだからいいとして、「当」の方はいったい何なのだろう? 〈試験に受かる〉で「四受五落」、〈合格する〉で「四合五落」だったらわかるんだけれど……。
長い間、それが気になっていたのですが、先日、『朝日新聞』の「天声人語」を読んでいて、まさに目からウロコが落ちました。それによれば、1974年の参議院選挙の際、「10当7落」ということが言われたそうです。いわく、〈選挙資金として10億円あれば当選、7億円しか出せなければ落選〉。「四当五落」とは、こういった表現を下敷きにしたものだったのです。
調べてみたところ、選挙に関して言われる「○当○落」という表現は、戦前から使用例があります。1930年代のある新聞で見つけたのは、「五当三落」。このころの相場は、〈5万円なら当選、3万円だと落選〉だったようです。
戦後になると、1940年代の終わりには「二当一落」。これは相場が下がったのではなく、インフレーションでお金の価値が激変して、〈2億円なら当選、1億円は落選〉。それから10年余り、1960年代の始めには「三当二落」。やがて、「五当四落」を経て、1970年代の半ばには、先に見たように10億円規模のお金が飛び交うようになっていた、という次第です。
一方、受験生の睡眠時間について言われる「○当○落」は、1950年代の終わりごろから使用例が見られます。時に「三当二落」なんていう過激な輩も現れるものの、基本は「四当五落」で一定しています。とすれば、やはり睡眠時間というものは、削ろうにも限界があるもののようです。
おそらく、私より一世代以上前の方々にとっては、「四当五落」が選挙に由来する表現だというのは、常識なのでしょうね。知らないとは怖ろしい、と改めて思い知った次第でした。
それにしても、受験生が将来を夢見てあたら青春を捧げる受験勉強が、カネまみれの汚い選挙戦になぞらえられてしまうなんて……。きっと、昭和の高度成長の時代のセンスなんでしょうね。
≪参考リンク≫
漢字ペディアで「当」を調べよう
漢字ペディアで「落」を調べよう
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≪著者紹介≫
円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)、『漢字の植物苑 花の名前をたずねてみれば』(岩波書店)など。
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/
≪記事画像≫
「イラストAC」よりとまこさんのイラストを利用。