四字熟語

四字熟語根掘り葉掘り73:数をめぐって「自縄自縛」

四字熟語根掘り葉掘り73:数をめぐって「自縄自縛」

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 私は出版業界で働くようになってずいぶんになるのですが、いまだに納得のいく解決を見いだせていない問題があります。それは、数の書き表し方です。

 特に縦書きの国語的な文章の場合、日本語の伝統に従って、数も漢字を用いて書き表すのが基本となります。たとえば、「七十九」「三百五十四」といった具合。ところが、「西暦二千二十年」になると違和感を抱く方も多いので、年月日については、いわゆる漢数字方式で「西暦二〇二〇年一〇月一九日」としたくなります。

 ほかにも、カタカナの単位が付く場合には、「時速百八十三キロ」よりも「時速一八三キロ」の方が落ち着くと感じる人もいます。逆に、「五〇〇円玉」「一〇〇〇円札」よりは、「五百円玉」「千円札」の方がしっくりくる、という意見も。あるいは、「約三〇〇〇年」よりは「約三千年」の方が、アバウトな感じが出るんじゃないか……?

 そんなふうにいろいろと考えた結果、「一一月二五日に千円札を十枚持って、人口約百万の都市を時速七二キロの速さで出発する」というような文章を書き表すことになって、これでいいのだろうかと悩み込んでしまうことになるのです。こういうことを、「自縄自縛(じじょうじばく)」と言うのでしょう。

 「自縄自縛」とは、文字通りには〈自分の縄で自分を縛る〉こと。もう少していねいに説明すれば、この場合の〈自分の縄〉とは〈自分で作った縄〉のことであり、〈自分を縛る〉のには他人に自分を縛らせるのは含まれていなくて、〈自分で自分を縛る〉ということでありましょう。そこから、〈自分の考えや行動によって、自分自身の身動きが取れなくなってしまう〉という意味で用いられます。

 この四字熟語は、古くは江戸時代の文献に使われていることが確認できます。しかし、私が調べた範囲では、それ以前の中国で書かれた文章に使用例を見いだすことはできません。その代わり、「無縄自縛(むじょうじばく)」であれば、13世紀ごろ以降、中国の禅の書物に多くの使用例が見られます。

 「無縄自縛」とは、〈縄なんてないのに、あると思い込んで自分を縛る〉という意味なのでしょう。おそらく、「自縄自縛」はここから変化して、日本で独自に生み出された四字熟語ではないかと思われます。

 自分で作った縄を使って自分で自分を縛るだけでもおめでたいのに、そもそもそんな縄なんて存在しなかったとは……!

 きまりとは、何かの目的に合わせて考え出されるもの。それに振り回されて本来の目的を見失わないように、気をつけたいものです。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「自縄自縛」を調べよう

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≪著者紹介≫

円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)、『漢字の植物苑 花の名前をたずねてみれば』(岩波書店)など。
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/

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