四字熟語

四字熟語根掘り葉掘り78:サンタさんは「心広体胖」

四字熟語根掘り葉掘り78:サンタさんは「心広体胖」

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 正確な年代は忘れてしまったのですが、図書館で昭和の時代の新聞を眺めていたときに見つけたある投書のことを、いまだに思い出すことがあります。

 その筆者の方は「胖」を「ひろ」と読ませるお名前をお持ちで、漢字が珍しくて苦労をしたので名前の漢字は平凡な方がいい、というご趣旨。特に「胖」は〈デブ〉という意味の漢字だからどうしても自分の名前が好きになれない、というようなことを書いていらっしゃったと記憶しています。

 この投書が私の心に残っているのは、この漢字をそんなにマイナスにとらえる必要はないんじゃないか、と思ったからでした。「胖」には確かに〈太っている〉という意味があり、「肥」と組み合わせて用いられることもあります。しかし、けっしてマイナスのイメージではなく、むしろ〈ふくよかな〉というプラスの意味合いで受け取る方がよいように思われます。

 この方のお名前は、儒教の経典、いわゆる四書五経の1つとして知られる『大学』の1節に由来しているのではないかと思われます。曰わく、「心広ければ体胖(ゆた)かなり」。あるいは、「心広くして体胖かなり」と訓読されることもありますが、どちらにせよ、〈心が広い〉ことと〈体つきが立派である〉こととを結びつけてとらえたことばで、「心広体胖(しんこうたいはん)」という四字熟語にもなっています。

 さまざまなものごとを受け入れられる豊かな内面を持つ人は、外面的にも余裕を持って見えるものですし、その逆もまたしかり。この1節は、中国人が理想とする「大人(たいじん)」という人間像を、端的に描き出しているのでしょう。

 「胖」を「ひろ」と読ませているということは、このお名前の中には「心広くして」と「体豊かなり」の両方の意味合いが込められているのでしょう。精神的にも肉体的にも健やかに、立派に育って欲しいというわけですから、とてもいいお名前。好きになれないでいるのはもったいないくらいです。

 ところで、体つきが心に見合って大きいといえば、思い出すのはサンタクロースのおじいさん。巨体を揺らしながら子どもたちにプレゼントを配って回るサンタクロースは、「心広体胖」そのものではありませんか。

 新型コロナウイルスが猛威を振るう、今年の冬。サンタクロースのおじいさんは無事に務めを終えて、今ごろは北国の住まいに帰ってくつろいでいらっしゃることでしょう。来年こそは健やかな年になるよう、祈りながら。

 読者のみなさまも、どうぞよい年をお迎えください。

≪参考リンク≫

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≪著者紹介≫

円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)、『漢字の植物苑 花の名前をたずねてみれば』(岩波書店)など。
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/

≪記事画像≫

「イラストAC」より、ゴートゥーさんのイラストを利用。

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