四字熟語

四字熟語根掘り葉掘り83:隠れた人気?「中肉中背」の秘密

四字熟語根掘り葉掘り83:隠れた人気?「中肉中背」の秘密

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 これまでも何度か触れたように、私は日々の読書でも四字熟語が気になってしまい、出会う度に用例のメモを取りためる癖があります。先日もその用例集を見返していたところ、ちょっとおもしろいことに気が付きました。それは、「中肉中背(ちゅうにくちゅうぜい)」の使用例がけっこう多い、ということです。

 人の背格好を表現する四字熟語は、いろいろあります。たとえば、〈背が高くて瘦せている〉ことを表したいならば、「痩身長軀(そうしんちょうく)」。〈体が大きくて太っている〉場合ならば、「大兵肥満(だいひょうひまん)」。〈見るからに堂々としている〉人に対しては、「容貌魁偉(ようぼうかいい)」。逆に、〈骨と皮だけに見えるくらい貧相な〉人には「皮骨連立(ひこつれんりつ)」といった具合です。

 どれも、それぞれ印象的な、いかにも四字熟語らしい四字熟語ですよね。それらを差し置いて、〈肉づきも背の高さも中くらい〉という、何の特徴もない「中肉中背」がよく使われるということに、ちょっと興味を引かれたのです。

 もっとも、特徴というのは数が少ないから目立つのであって、世の中、何の特徴もない人の方が多数派です。であれば、背格好を表現する四字熟語の中で「中肉中背」が最もよく使われるというのも、当たり前のことでしょう。

 ただ、実際の使用例を見てみると、そう言って切り捨ててしまうのはもったいないような気もするのです。なぜなら、「中肉中背」の後には、その人物の持つ目立った特徴の描写が続くことが多いからです。

 たとえば、宮部みゆきさんの『理由』(1998年)の次のような一節。「石田直澄は中肉中背、顔の輪郭はがっちりとして、ややいかつい感じの顎をもっている。」顔の特徴が、印象に残りますよね。

 あるいは、山崎豊子さんの『二つの祖国』(1983年)では、こんな使われ方をしています。「五十そこそこの中肉中背の男だが、眼が異様に光り、特に左眼は義眼らしく不気味に光っている。」これまた、鋭い眼光を強調する結果になっています。

 そういう目で見てみると、横溝正史『悪魔が来りて笛を吹く』(1951年)の「暗くてよくわからなかったが、相手は中肉中背の洋服を着た男であった。」だって、当時は和服の人が多かったから洋服が目立つ特徴になったのではないか、と思えてきます。

 背格好よりも印象に残る特徴があるからその話をしたいのだけれど、とりあえず背格好のことも書いておかなくてはならない。そんな場合に、「中肉中背」は手っ取り早く使える、とても便利な表現です。この四字熟語には、「とりあえず、ビール」のような側面があるのかもしれません。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「中肉中背」を調べよう

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≪著者紹介≫

円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『漢字の植物苑 花の名前をたずねてみれば』(岩波書店)など。最新刊『難読漢字の奥義書』(草思社)が、2月19日発売。
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/

≪記事画像≫

「イラストAC」より、がらくったさんのイラストを利用。

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