四字熟語

四字熟語根掘り葉掘り85 「大胆不敵」はほめことばになるか?

四字熟語根掘り葉掘り85 「大胆不敵」はほめことばになるか?

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 「大胆」とは、文字通りには〈肝っ玉が大きい〉ことで、要するに〈物怖じしない〉という意味。「不敵」とは、〈相手を対等の敵だとはみなさない〉ところから、〈相手を見下して、まったく怖れない〉ことを表します。この2つをつなぎ合わせた「大胆不敵」は、とてもよく使われる四字熟語ですよね。四字熟語辞典はもちろんのこと、たいていの国語辞典にも載っています。

 しかし、辞書の作り手の立場からすると、このことばを載せないという選択肢も、ないわけではありません。だって、「大胆」と「不敵」をつなぎ合わせただけじゃないですか? そのために貴重なページの貴重な数行を割くくらいならば、ほかにももっと収録すべきことばがある、と考える辞書編集者がいても、おかしくはありません。

 実際、世の中には「大胆率直」という表現もあって、「大胆不敵」にははるかに及ばないものの、ちょくちょく用いられています。とはいえ、これを収録している国語辞典があるかといえば、少なくとも私は見たことがありません。四字熟語辞典の中に、たまに収録しているものを見かける程度。その差は、どこから来るのでしょうか?

 「率直」とは、〈隠さずありのままに〉という意味。何か隠していることがあると物怖じしがちですから、「大胆」と「率直」は似た方向性を持つことばではあります。しかし、意味の重なりはそれほど大きくはありません。

 一方、「大胆」と「不敵」は、〈怖がらない〉という点で意味がかなり似ています。つまり、「大胆率直」は、2つの熟語をつなぎ合わせただけの平板な表現にすぎないのに対して、「大胆不敵」は、似た意味の熟語を重ねた強調表現なのです。

 ただ、「大胆」と「不敵」の間には、意味の違いもあります。「大胆」は人をほめるときにも使えますが、「不敵」と言われて喜ぶ人はあまりいないでしょう。「大胆不敵」がほめことばとしてはまるのは、怪盗ルパンくらいのもの。「大胆」の中に含まれる、人を驚かせたり、あきれさせたり、時には怒らせたりするような要素だけを取り出して、「不敵」によって強調したのが「大胆不敵」なのです。

 よく似ているけれど、完全に同じというわけではない。そんな意味を持つ2つのものがすぐ近くに存在していると、微妙な緊張関係が生じます。「大胆率直」にはなくて「大胆不敵」にあるのは、そんな緊張関係がもたらす表現力ではないでしょうか。

 多くの人に使われ、国語辞典にも載るような四字熟語となるためには、何らかの点でふつうのことばとは異なる表現力が必要なのだ、……と私は思っているのですが、みなさんはどうお考えになりますでしょうか?

≪参考リンク≫

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≪著者紹介≫

円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『漢字の植物苑 花の名前をたずねてみれば』(岩波書店)など。最新刊『難読漢字の奥義書』(草思社)が発売中。
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/

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イラストACよりacworksさんのイラストを利用。

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