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四字熟語根掘り葉掘り86:和菓子の袋と「一点素心」
2021.04.19
私の生まれ故郷、兵庫県西宮市に、高山堂という和菓子屋さんがあります。東京に家を構えてからも母がときどき送ってくれたこともあって、私にとっては思い出深い和菓子屋さんです。
その和菓子屋さんの手提げ袋には、ちょっと見にはわからない真っ白なインクで、「一菓素心」という漢字4文字が印刷されています。「いっかそしん」と読むのでしょうか。何かいわれがあるのだろうと思いつつも調べることなく、長い間、放ったらかしにしておりました。ところが、先日、三省堂『新明解四字熟語辞典(第2版)』のページをめくっていたら、「一点素心(いってんそしん)」という見出し語が目に飛び込んできたのです。
同書によれば、これは、17世紀の初めごろの中国で、洪応明(こうおうめい)という文人が書いた『菜根譚(さいこんたん)』という書物に由来する四字熟語だとのこと。早速、同書をひもといてみたところ、次のような一節に行き当たりました。
「友と交わるには、須(すべか)らく三分の俠気(きょうき)を帯ぶべし。人と作(な)るには、一点の素心を存するを要す。」
前半は、〈友人と交際するには、三分の「俠気」を持っていなければならない〉という意味。ここでの「俠気」とは、〈相手のために行動する勇気〉とでもいったところでしょうか。
後半に出て来る「素心」とは、〈素のままの心〉ということ。この一文は、〈きちんとした人間となるためには、一点の純粋な心を持っている必要がある〉というくらいの意味。「一菓素心」とは、その純粋な心を和菓子に込めたキャッチフレーズなのでしょう。
おもしろいのは、「俠気」は「三分」、「素心」は「一点」でいいというところ。相手のために行動する勇気も、純粋な心も、そんなにたくさんは必要ないというのが、洪応明先生のお考えのようです。たしかに、正義や愛に凝り固まった人間は、時には暴走してしまいますものね。
『菜根譚』は、いわゆる「処世訓」がいっぱい詰まった書物として有名で、特に日本で多くの愛読者を得ています。しかし、私はこれまで、この書物を敬遠してきておりました。だって、なんだか説教臭そうじゃありませんか。
でも、高山堂さんの紙袋に導かれてこうやってその一節に触れてみた感想はというと、「なかなかいいことを言っているなあ」。時代を超えて読み継がれてきた古典の偉大さを改めて感じるとともに、「こういう処世訓が身にしみるようになったのは年を取った証拠だよなあ」としみじみと思いつつ、『菜根譚』のページを繰ったことでした。
<参考リンク>
漢字ペディアで「俠気」を調べよう
高山堂ホームページ
<おすすめ記事>
四字熟語根掘り葉掘り37:時は流れて「意気消沈」 はこちら
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<著者紹介>
円満字二郎(えんまんじ じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)、『漢字の植物苑 花の名前をたずねてみれば』(岩波書店)など。最新刊『難読漢字の奥義書』(草思社)が発売中。 ●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/
〈記事画像〉筆者撮影
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