四字熟語根掘り葉掘り88:「感謝感激」の絶妙なバランス
著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)
先日、知人から教えて頂いたのですが、「感謝感激(かんしゃかんげき)雨あられ」には、元になった表現があるのだとか。なんでも、日露戦争中に常陸丸という商船が撃沈された事件をうたった歌の中に、ロシアからの攻撃を「乱射乱撃(らんしゃらんげき)雨あられ」と表現した一節があるのだそうです。
明治の終わりから大正にかけての日本ではこの事件はとても有名で、この歌もヒットしたことから、それをもじった「感謝感激雨あられ」が使われるようになったとのこと。身近なことばにも、意外な歴史があるものです。
ところで、「感謝感激」は四字熟語でしょうか? 「感謝感激雨あられ」の省略形だと思われますし、そもそも「感謝」と「感激」をつなげただけ。そんなものは四字熟語とは呼べない、という考え方も、十分に成り立ちます。
とはいえ、「雨あられ」を伴わない「感謝感激」もよく目にしますから、この4文字ですでに独立した表現だと考えることもできるでしょう。実際、私の知っている範囲でも、「感謝感激」は、少なくとも2種類の四字熟語辞典に収録されています。
ということは、「感謝感激」にも、何かしら四字熟語的な味わいがあるのでしょう。そういう目で見てすぐさま気づくのは、「感」で韻を踏んでいること。「カン」という硬くてはずむような音のくり返しには、躍り上がりたくなるような気分がよく現れています。
それだけではありません。「感謝感激」にはもう1つ、四字熟語として見逃せない味わいがあります。それは、「感謝」と「感激」の取り合わせが絶妙だ、ということです。
「感謝」とは、〈相手に対して「ありがたい」という思いを抱く〉こと。相手があって初めて生じる心の動きですが、あくまでその気持ちに重点があって、それを何らかの行動で示すかどうかは、また別問題です。
一方、「感激」は〈心がとても高ぶる〉場合に使われますが、自分で何かを成し遂げて「感激」する場合もあるように、必ずしも相手を必要とはしません。ただ、何らかの行動へとつながる確率は、「感謝」よりははるかに高いことでしょう。
つまり、「感謝」と「感激」とは、相手があるかどうかと、行動につながりやすいかどうかという2つの点で、互いに補い合う関係なのです。「感謝感激」が現在に至るまで長く使われるような表現となった背後には、そんな2つの熟語が織りなす、絶妙なバランスがあるのではないでしょうか。
「感謝感動」や「感激感涙」では、そういう相乗効果は生まれないように思います。そう考えると、「感謝感激」はりっぱな四字熟語である、と言えそうです。
≪参考リンク≫
漢字ペディアで「感謝」を調べよう
漢字ペディアで「感激」を調べよう
漢字ペディアで「雨霰(あられ)」を調べよう
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≪著者紹介≫
円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)、『漢字の植物苑 花の名前をたずねてみれば』(岩波書店)など。最新刊『難読漢字の奥義書』(草思社)が発売中。
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/
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