四字熟語根掘り葉掘り92:「孤軍奮闘」に偲ぶ維新の英雄

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)
知らないとは恐ろしいもので、こうやって文章を書いていると、自分の無知をさらけ出してしまうことがあります。今回のお話も、私が知らなかっただけなのかもしれないのですが、辞書の類いには載っていない情報なので、恥をおそれず書いてみることにしました。
「孤軍奮闘(こぐんふんとう)」とは、〈だれも助けてくれない中で、力を尽くしてものごとに取り組む〉ことを表す四字熟語。いかにも中国の歴史書にでも出て来そうな風格を備えたことばですよね。でも、中国の古い書物をいくら探しても、実際に使われている例は見つからないのです。
「孤軍」と「奮闘」に分解すると、それぞれ、古くから中国の書物で用いられているのですが、この2つをつなげた例は見あたりません。いろいろなデータベースで検索をしてみたのですが、成果はさっぱりでした。
一方、日本ではどうかというと、明治の比較的早い時期から使用例があります。つまり、どうやら日本生まれの四字熟語のようなのですが、その出自について、それ以上の情報は得られないままでおりました。
ところが、先日、国会図書館のHPで蔵書検索をしていたところ、とある詩吟の本の目次に、「城山(孤軍奮闘)」とあるのを見つけたのです。どうやら詩吟でうたわれる漢詩に「城山」というタイトルの作品があって、それが「孤軍奮闘」という別名で知られているらしいのです。その作品とは、次のようなものです。
孤軍奮闘 囲みを破って還(かえ)る
一百の里程 塁壁の間
吾が剣は既に摧(お)れ 吾が馬は斃(たお)る
秋風 骨を埋(うず)む 故郷の山
大意としては、〈援軍もないまま敵軍の包囲を破り、敵陣の間を縫って遠いところを帰ってきた。剣は折れ馬も死んでしまったからには、秋風が吹くこの故郷の山をわが死に場所にするとしよう〉といったところ。西道仙(にし どうせん。1836~1913)という文人が、西郷隆盛の最期をうたった漢詩です。
この作品は、西南戦争で西郷が自刃した翌月、1878(明治10)年の10月に発表されています。以来、西郷の人気もあって、詩吟の世界ではずっとうたわれ続けている名作とされているようです。
もちろん、この漢詩以前に「孤軍奮闘」の使用例がなかったとは限りません。しかし、かつては詩吟を嗜む人が今よりもずっと多かったことを考えると、「孤軍奮闘」が多くの人に使われる慣用表現になるにあたって、この作品が大きな役割を果たしたことは間違いないでしょう。
今度「孤軍奮闘」に出会ったら、一代の英雄、西郷隆盛の姿を思い浮かべてみてください。ありがたみがいっそう増すように感じられることでしょう。
≪参考リンク≫
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≪著者紹介≫
円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)、『漢字の植物苑 花の名前をたずねてみれば』(岩波書店)など。最新刊『難読漢字の奥義書』(草思社)が発売中。
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/
≪記事画像≫
東京・上野公園の西郷隆盛銅像(2012年5月21日、筆者撮影)