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新聞漢字あれこれ76 「真逆」を何と読みますか?

2021.08.25

新聞漢字あれこれ76 「真逆」を何と読みますか?

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 「真逆」という熟語を見て、皆さんがまず思い浮かべる読み方は何でしょうか。「まぎゃく」か「まさか」か。

 先日、70代のある企業経営者の寄稿を校閲していて、「真逆(まぎゃく)」という表現が気になりました。「全くの逆」の意味で会話などではよく聞くのですが、私としては新聞で使うのにはどうも抵抗があります。この時は編集者に「俗語なので言い換えが望ましい」と伝え、「正反対」に修正され、何だかほっとしました。

 少し古い話になりますが、2011年度に文化庁が実施した「国語に関する世論調査」によると、正反対のことを「真逆」と言うと回答した人は全体の22.1%でした。年代別では16~19歳の62.8%をピークに、20代(53.1%)、30代(37.5%)、40代(28.2%)、50代(18.6%)と年齢が上がるにつれて使用率が低くなり、60歳以上では1割以下の6.5%という結果でした。この調査から約10年がたち、70代の経営者の方が「真逆」を使っていたことに驚くとともに、あらためて「真逆」が広く浸透しているのだなと実感したしだいです。時折、用語チェックの目をすり抜けて紙面化する事例も少なくはありません。

 「真逆」とは「逆」に「真」を付けて、逆であることを強調した語。『三省堂国語辞典』によれば、2000年以降に広まったことばだといいます。2004年末に新語・流行語大賞にノミネートされ、『現代用語の基礎知識』には2007年版に若者ことばの項目で初めて掲載されました。最近では国語辞典にも収録されるようになりましたが、俗語として載せているものが多いようです。『マスコミ用語担当者がつくった 使える!用字用語辞典』でも、俗語で「新聞では原則として使用を避けている」と注記しました。

 一方、「真逆」には「まさか」という読み方もあります。ただ、こちらは当て字とされ、新聞では「まさか」と平仮名で書く表記規則になっています。「真逆」と「まさか」で書き分けできるとも言えなくもないのですが、漢字で「真逆」と表記すると文脈によっては意味をとるのに混乱することがあるかもしれません。「真逆」はなるべく使わず、「まさか」「正反対」などとするのが望ましいでしょう。

 言葉狩りをしているつもりはありません。広い年代層に読まれる新聞の表記には、なるべく多くの人が共通して理解できる語を使うのがよいという考え方です。膨大な数の漢字の中から常用漢字を選び、大勢の人がわかりやすいように使用しているのと同じことだと思っています。語によっては共通理解の線引きは難しいかもしれませんが、校閲記者としてこんなことも模索しています。

≪参考資料≫

朝日新聞校閲センター『いつも日本語で悩んでいます――日常語・新語・難語・使い方』さくら舎、2018年
神永曉『悩ましい国語辞典―辞書編集者だけが知っていることばの深層―』時事通信社、2015年
関根健一『なぜなに日本語』三省堂、2015年
文化庁「平成23年度「国語に関する世論調査」の概要」、2012年
『現代用語の基礎知識2007年版』自由国民社、2006年
『三省堂国語辞典第七版』三省堂、2014年
『マスコミ用語担当者がつくった 使える!用字用語辞典』三省堂、2020年

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「真逆(まさか)」を調べよう
「NIKKEIことばツイッター」はこちら

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。
2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

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