四字熟語

四字熟語根掘り葉掘り96:誇張ではない「一日千秋」

四字熟語根掘り葉掘り96:誇張ではない「一日千秋」

著者:円満字二郎(フリーライター兼編集者)

 「一日千秋(いちじつせんしゅう、いちにちせんしゅう)」とは、〈とても待ち遠しい〉気持ちを表す四字熟語。文字通りには〈1日が1000年にも感じられる〉という意味ですから、この場合の「秋」は〈年〉という意味です。

 「漢字カフェ」の愛読者のみなさんならご存じかと思いますが、「一日千秋」は、中国現存最古の詩集、『詩経(しきょう)』の一節、「一日見ざれば三秋(さんしゅう)の如し」に由来しています。これは、「三月」「三秋」「三歳」と展開していく詩の真ん中の部分。そこで、こちらの「秋」は〈季節〉のこと。具体的には3か月間だと解釈されています。

 つまり、もともとは〈1日が9か月にも感じられる〉というところを、日本人はオーバーにも1000年に引き伸ばして使っているというわけ。中国人は「白髪三千丈」式の誇張が好きだ、とはよく言われることですが、いやいやどうして。日本人だって時にはかなり大げさになるんですねえ!

 それはともかく、中国語の文章では、『詩経』の詩句をそのまま受け継いだ「一日三秋」が用いられます。では、「一日千秋」という言い回しが出て来ないのかというと、そうでもありません。たとえば、明王朝の歴史をまとめた『明史』という歴史書には、次のような例があります。

 1644年、明王朝は滅亡し清王朝が中国の支配を宣言しますが、明の復興を目指す人々は、あちこちに存在していました。中国の南部、現在の江西省撫州(ぶしゅう)市にいた、曾亨応(そうこうおう)もその1人。彼はこの街を根拠地に清軍に抵抗を続けましたが、善戦むなしく、長男と一緒に清軍に捕らえられてしまいました。

 捕虜として引っ立てられ、降服を勧められた曾亨応は、長男の方を振り返って、こう言いました。「一日千秋、自ら負(そむ)く毋(な)かれ」。わかりました、と返事をした長男がまず死刑となり、続いて曾亨応自身も黙って刑に就きました。かくして2人の命ははかなく消えましたが、明王朝に忠節を尽くした人物として、その名は長く記憶されることになったのでした。

 「自ら負く毋かれ」とは、〈自分自身を裏切るな〉といったところ。とすれば、ここの「一日千秋」の意味は〈待ち遠しい〉ではないでしょう。〈たった1日でも自分を裏切るような行動を取ってしまえば、1000年にもわたる不名誉が残って、後悔することになるぞ〉と解釈すると、文脈に合うように思います。

 つまり、ここでの「千秋」は〈1000年〉という意味で、〈永遠〉のたとえではありますが、けっして誇張ではないのです。「一日千秋」に限っては、中国の人々は文字通りに漢字を使う方を好んだようです。

≪参考リンク≫

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≪著者紹介≫

円満字二郎(えんまんじ・じろう)
フリーライター兼編集者。 1967年兵庫県西宮市生まれ。大学卒業後、出版社で約17年間、国語教科書や漢和辞典などの編集担当者として働く。 著書に、『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)、『漢和辞典的に申しますと。』(文春文庫)、『知るほどに深くなる漢字のツボ』(青春出版社)、『雨かんむり漢字読本』(草思社)、『漢字の植物苑 花の名前をたずねてみれば』(岩波書店)など。最新刊『難読漢字の奥義書』(草思社)が発売中。
●ホームページ:http://bon-emma.my.coocan.jp/

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イラストACよりちょこぴよさんのイラストを利用。

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