新聞漢字あれこれ85 今年はカイフクしますように

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
「病気がカイフクする」という場合、皆さんは漢字でどのように表記しますか。3つの書き方が考えられると思います。
数年前でしょうか。知人から「病気が治るカイフクは、『快復』と書くのですか」と尋ねられました。一般的には「もとどおりになること」(三省堂国語辞典)を意味する「回復」と書くことが多いのですが、「快復」表記を目にすることもありますね。
学校などの教育現場では、まず「回復」と習うでしょうし、新聞・通信各社の用字用語集を見ても「回復」が主流となっています。ただ、『朝日新聞の用語の手引』は、全快、全治の意味の特殊用語として「快復」を挙げていました。国語辞典にも「回復」の項目で、病気がよくなる意味で「快復とも書く」と注記するものがありますし、独立項目として「回復」と「快復」を対比しているものもあります。明鏡国語辞典には「『快復』も好まれる」と記述されていますので、同音で良いイメージの「快」を用いる表記が広がっているようです。より広い意味では「回復」を使い、全快の意味に絞って「快復」と書くこともある、といったところでしょうか。
かつて、NIKKEIことばツイッターで「すっかり健康がカイフクしました」の漢字表記について、「回復」「快復」「恢復」の3つの中から最もしっくりくるものを尋ねるアンケートを行ったことがあります。結果は「回復」「快復」の回答が拮抗し、「快復」が「回復」をやや上回りました(調査結果はこちら)。2019年の調査でしたが、仕事で「回復」を使っている私としては「快復」表記の浸透ぶりに驚きました。常用漢字表の改定(2010年)以降に最新版が刊行された一般向け国語辞典(小中高生向けは除く)を調べると、そのほとんどに「快復」が載っていることを考えると、社会の実態に合った結果だったのだなと今では納得しています。
記憶に新しいところでは、昨年12月9日の皇后さま誕生日の記事。適応障害の症状に関する医師団の見解は「回復の途上」「快復の途上」と各紙で表記が割れていました。
ちなみに少数派の「恢復」は「回復」のもとの表記に当たります。当用漢字表に「恢」が入らなかったことから、1956年の国語審議会報告「同音の漢字による書きかえ」では、「恢復→回復」のように書き換えが示され、現在は「回復」が標準的な表記となっています。
新型コロナウイルス禍が続いています。国内は昨年の秋ごろから新規感染者数が減少傾向になりましたが、年明けから再び拡大の動きが見られます。2022年の新春にあたり、ウイルスに感染された方々が早期に快復することと、私たちの日常生活が以前のような状態に回復することを、あらためて願っております。
≪参考資料≫
『国語審議会答申・建議集』文化庁文化部国語課、2001年
『岩波国語辞典 第八版』岩波書店、2019年
『旺文社国語辞典 第十一版』旺文社、2013年
『学研現代新国語辞典 改訂第六版』学研プラス、2017年
『現代国語例解辞典 第五版』小学館、2016年
『三省堂国語辞典 第八版』三省堂、2022年
『新選国語辞典 第九版』小学館、2011年
『新明解国語辞典 第八版』三省堂、2020年
『ベネッセ新修国語辞典』ベネッセコーポレーション、2012年
『明鏡国語辞典 第三版』大修館書店、2021年
『広辞苑 第七版』岩波書店、2018年
『大辞泉 第二版』小学館、2012年
『大辞林 第四版』三省堂、2019年
『朝日新聞の用語の手引〔改訂新版〕』朝日新聞出版、2019年
『記者ハンドブック 第13版 新聞用字用語集』共同通信社、2016年
『産経ハンドブック 平成24年版』産経新聞社、2012年
『最新 用字用語ブック[第7版]』時事通信出版局、2016年
『NIKKEI用語の手引 2017年版』日本経済新聞社、2016年
『2019年版 毎日新聞用語集』毎日新聞社、2019年
『読売新聞 用字用語の手引 第6版』中央公論新社、2020年
『NHK 漢字表記辞典』NHK出版、2011年
『新聞用語集 2007年版』日本新聞協会、2007年
『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』三省堂、2020年
≪参考リンク≫
漢字ペディアで「回復」を調べよう
「NIKKEIことばツイッター」はこちら
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。
≪記事画像≫
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