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やっぱり漢字が好き。4 なぜ“4”は「四」と書くのか?(下)

2022.12.01

やっぱり漢字が好き。4 なぜ“4”は「四」と書くのか?(下)

 前号までは、漢字において“4”を表す文字が、「 」から「四」へ変化したこと、そして“4”に「四」の文字が当てられたのは、数字の“4”を表す単語の発音と、「四」の字音が近いことによる、いわゆる「仮借(かしゃ)」と呼ばれる文字運用現象であることを述べた。(なぜ“4”は「四」と書くのか?(中)

 今号では、「四」がそもそも何を表す文字であったのかについて、これまで提示された、いくつかの説を紹介したい。

 漢字の由来について調べたいと思ったとき、まず何より最初に見るべきは『説文解字』である。後漢時代(西暦25年~220年)の許慎(きょしん)という学者が西暦100年ころに編纂した字書で、漢字を540の部首に分けて、その成り立ちと本義を解説したものである。とは言え、大学で中国文学や国文学を本格的に学んでいない者にとって、いきなり『説文解字』の原著に手を出すのはやや難易度が高い。そのようなときは三省堂の『全訳漢辞海』という漢和辞典がお勧めである。日本の中型漢和辞典は多くの場合、漢字の成り立ちについてそれぞれ独自の字源説を収めているが、『漢辞海』はその部分を『説文解字』の日本語訳で埋めている。漢字について、ちょっと立ち入って調べてみようというときには、たいへん便利である。

 以下、「四」字に対する『説文解字』の解釈の原文と、『漢辞海』の日本語訳を挙げる。

  四,陰数也。象四分之形。
  「四」は〔易(エキ)における〕陰の数である。四方に分け(=八)た形に象(かたど)る。

 せっかく『説文解字』を調べてはみたけれども、これでは「四」がそもそも何を表していた文字なのかよくわからない。そこで次に見るべきは、清(1644年~1912年)の段玉裁によって著された『説文解字注』である。『説文解字注』は『段注』とも称され、今なお『説文解字』の注釈の最高峰に位置づけられる。阿辻哲次先生は「凡そ漢字について何かいおうとする時、『段注』を見ずに考えを述べることはほとんど不可能である」と最大限の賛辞を送っている(但し『段注』に全く問題がないと言うわけではない)。ただ残念ながら、『段注』には「四」字の由来について、見るべきものは特にない。とは言え、古典籍の中で「三」と書くべき箇所を「四」に誤写している例があり、その要因が「四」がもともと「三」と形の近い「」に書かれていたためであるという段玉裁の指摘は、線の本数と、数に対する人間の認知能力の関係という観点から見れば、なかなか興味深い。なお、『段注』の日本語訳を見たいときには、『訓読説文解字注』(東海大学出版社)があり、『段注』に対し訓読法による書き下し文と注釈が加えられている。本書は諸般の事情で、全8冊の予定のうち5冊までしか刊行されていない。『説文解字注』で言えば、全15篇中、第10篇までに相当する。その後を引き継いで、2017年から森賀一惠先生により、『富山大学人文学部紀要』にて、『訓読説文解字注』の未訳部分が邦訳されている。2022年11月現在、「訓読説文解字(十一)」(『富山大学人文学部紀要』第77号)まで刊行されており、『段注』で言えば第12篇上と第13篇上の途中までに相当する。

 話を戻すと、結局のところ、長い間「四」の文字の由来は不明であった。しかし20世紀になって以降、いくつかの新説が提示され始める。たとえば、丁山は「四」はもともと「呬」を表す象形文字で、その意味は口より出る呼気であると説明する(丁山1928)。この説は今なお引用されることが多い。これに対し馬敘倫は「四」はもともと「泗」を表す象形文字で、その意味は鼻水であると考える(馬敘倫1957)。劉洪濤は2説を比較して、「泗」の可能性がより高いと見なしている(劉洪濤2019)。

 なお劉洪濤氏は下の図3-1で挙げた甲骨文字を、鼻を表す「自」字の下に、流れ出る液体を示す筆画を加えた文字と分析しつつ、鼻から鼻水が流れ出る様を象った象形文字と解釈し、後の「四(泗)」字に当たると主張する。さらにこの文字が、図3-2の4、12、13の「四」と密接な関係があると見なす。図3-2の4、12、13の「四」は、「自」の内側に「八」形の筆画を配した文字であり、その由来を辿れば、「自」は鼻を、「八」形は流れ出る鼻水を表していたということである。この「四」の形が変化した結果、図3-2の18のような字形となった。現代の「四」字はこれを継承したものである。

 図3-1の文字が「四」の先祖であるということは、甲骨文の時代からすでに「四」の祖型と言える形の文字はあったということである。しかし、前々回のコラムで述べたように、甲骨文の時代では“4”を「 」で書き表しており、「四」(の祖型)は用いていなかった。つまり甲骨文が書かれた殷の時代では、文字としての「四」(の祖型)は成立していたものの、数字の“4”を表すために「四」(の祖型)で表記する習慣が成立していなかったということである。なお、図3-1で挙げた甲骨文の「四」(の祖型)は、数を表していないのはもちろんのこと、鼻水という意味も持っておらず、人名や氏族名を表していたようである。

図3-1 (『甲骨文字編』より)

 以上、3回にわたるコラム「なぜ“4”は「四」と書くのか?」をまとめると以下のようになる。殷代から西周時代にかけては、数字の“4”は「 」で書き表されていたが、春秋戦国時代から徐々に「四」が用いられはじめ、前漢以降、「四」が「」にとってかわった。なぜ「 」が用いられなくなったのかと言うと、これは人間の認知能力―“4”の数量が直感的認識の上限である—に関わっている。“4”が直感的認識の上限であるということは、「 」を構成する線の本数が人によっては即時に認識しにくいということであり、このような認知上の不安定さが、「 」の表記を廃れさせた原因と考えられる。ではなぜ「四」という文字が使われるようになったのかと言うと、「四」(シ)の字音が、数字の“4“を表す単語(「シ」)と発音が近かったからにほかならない。言い換えれば、即時に線の本数を認識しにくい「 」に代わって、数字の“4”の発音を示す「四」の文字を借りて当てたということである。このことは裏を返せば、他に“4”と発音が近い適切な文字があれば、「四」という文字が用いられなかった可能性もあるということである。「四」はもともと鼻から鼻水が流れ出る様を象った象形文字で、後の「泗」に該当する字と見られる。

図3-2 (季旭昇『説文新証』より)
注:表中の1は殷代甲骨文の例、2は西周金文の例、3~5は春秋時代の例、6~19は戦国時代の例、20、21は秦の例、22は前漢の例、23~25は後漢の例である。

《参考資料》
阿辻哲次『漢字学―『説文解字』の世界 新装版』、東海大学出版会、2013年
戸川芳郎監修、佐藤進・濱口富士雄編『全訳漢辞海』第4版、三省堂、2016年
季旭昇『説文新証』、芸文印書館、2014年
丁山「数名古諠」、『中央研究院歴史語言研究所集刊』第1本第1分、1928年
馬敘倫『説文解字六書疏証』、科学出版社、1957年
李宗焜『甲骨文字編』、中華書局、2012年
劉洪濤『形体特点対古文字考釈重要性研究』、商務印書館、2019年

《参考リンク》
漢字ペディアで「四」を調べよう
漢字ペディアで「泗」を調べよう

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<著者紹介>
戸内 俊介(とのうち しゅんすけ)
二松学舎大学教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能後の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。

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