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新聞漢字あれこれ113「煌」 手の届かない?ブランド漢字

新聞漢字あれこれ113「煌」 手の届かない?ブランド漢字

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 「煌」の字を見て、皆さんはまず何を思い浮かべますか。石川県ではこの冬から寒ブリの最高級ブランド名として登場。2022年12月1日の初競りで1匹400万円の高値が付き、新聞やテレビのニュース番組で大きく取り上げられました。

 これは「煌」の1字で「きらめき」と読み、石川県漁業協同組合がブランド化したもの。12月から翌年1月の2カ月間に石川県内の定置網で水揚げされる天然寒ブリのうち、①重量14キロ以上②傷がなく胴回りが十分③鮮度の徹底――などの基準があり、目利き人による厳しい審査をクリアしたものだけが認定されるといいます。キャッチコピーは「天然ブリ界の最難関」で、初競りのブリは15.5キロの大物でした。

天然能登寒ぶり「煌」

 高級な商品やブランド名に「極」の字がよく使われていることを連載の第41回で書きました。漢字には意味があるほか、多くの人が共通に持つイメージがあります。だからこそ、作り手側が商品などに託す思いが漢字から読み取れるのだと思います。ただ、ことばは広く使われるようになると、その価値が下がっていくように感じられることがあります。

 例えば「レジェンド(伝説的な人)」。主にノルディックスキー・ジャンプの葛西紀明選手の異名として広がり、2014年のユーキャン新語・流行語大賞のトップテンに入りました。それが、ことばが流行するとともにあちこちにレジェンドと呼ばれる人が現れ、だんだんと敬意が薄れるようになってしまいました。高級感や高品質を表す字も商品などの数が増えすぎると、特別感の希薄が避けられなくなってしまいます。

 常用漢字の「極」(漢検7級配当)に比べ、表外字の「煌」(漢検1級配当)は使用頻度が高いわけではなく目にする機会はそうは多くありません。日本酒や清涼飲料で「煌」の字を見たことがありますが「極」ほどの使用例はないようで、まだ多くの人が共通のイメージを持つには至っていない発展途上の字だとも言えそうです。寒ブリも2カ月間で「煌」に認定されたのは8匹だけでした。今後「煌」の字が希少性と知名度のバランスをどのようにとって成長していくのか、注視したいところです。

 2022年12月、東京都千代田区内で開かれた石川県の能登地域移住交流協議会が主催するイベントに参加しました。移住者の生の声を聞いたり、七尾市・羽咋市・中能登町の食材を使った料理を食べたりと、能登の生活を知り体験するためのものでした。そこで10キロ8万円という寒ブリを味わい、そのおいしさに「煌」だったらいったいどんな味がするのかと気になってきました。食べたい欲求はあっても、希少性と高値を考えると簡単には手が届かないのが「煌」なのでしょうねえ。

≪参考資料≫

「煌1年目8匹 県産最高級寒ブリ 全体価格上昇に貢献」2023年2月1日付北国新聞朝刊27面
「冬の味覚 北陸で熱戦 国内最難関の基準設定」2022年10月5日付日本経済新聞朝刊北陸経済面
『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
『新潮日本語漢字辞典』新潮社、2007年
『日本語 語感の辞典』岩波書店、2010年

≪参考リンク≫

「日経校閲ツイッター」 はこちら
漢字ペディアで「煌」を調べよう

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

≪記事画像≫

ばりろく / PIXTA(ピクスタ) 「見附島」

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