まぎらわしい漢字

新聞漢字あれこれ126 「壇・檀・擅」 誤用から正用へ〝昇格〟も

新聞漢字あれこれ126 「壇・檀・擅」 誤用から正用へ〝昇格〟も

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 壇。音読みは同じ「ダン」で、部首が「土」と「木」で異なる別字です。固有名詞で取り違えられることがありますが、新聞ではかつての代用をしていた時期がありました。

 校閲をしていてよく見るのは、姓のに間違える事例。俳優のふみさん、れいさんなど名字で多いのはのほうです。それを、一般用語で高い場所を表すに変換ミスされるものが多くあります。ところが逆にになっていることも。タレントの蜜さんがに化けてしまったものを何度か見ました。さんは本名ではなく芸名で、以前に葬儀関係の仕事をしていたことからと名乗ったのだといいます。

 単独ののほか、よく見る姓が上さん。こちらも上さんとする誤変換をよく見ます。「上さんが上で表彰を受けた」などとすると間違いなので要注意。日本経済新聞社に上という記者がいるため、署名記事でたまに誤って出稿されることがあり気が抜けません。本人ならまず間違えないでしょうが、編集者が後から名前を付け加えたりする際に、入力ミスが発生することもあるのです。私も何度か誤字を防ぎました。自社の記者名を間違えるようではお粗末すぎます。

 新聞ではかつて、寺の「家」を「家」と書いていたことがありました。表外字のを当用漢字(常用漢字)のに置き換えた代用表記で、数十年実施したものでしたが、定着度が低いということから、新聞用語懇談会はこの代用を1993年に廃止しました。『新聞用語集』では1996年版から「家」に「だんか」の読み仮名を付ける運用にし、現在に至っています。ちなみに日本経済新聞では以前から「家」への書き換えをせずに、ルビもなしで「家」と表記してきました。当時の用語担当者が「家」表記に違和感があったのか、独自路線を貫いたようです。結果的にこの判断は正しかったと言えます。ちなみに『三省堂国語辞典』は初版(1960年)から「家」を「家」と併記して載せていましたが、第三版(1982年)で早くも「家」を外していました。

 定着しなかった代用表記があれば、誤用が正用へと昇格したような事例もあります。例えば、その人だけが思うままに活躍する場所を意味する「独場(どくだんじょう)」です。これはもともとではなく「思いのまま、ほしいまま」の意味を持つの字を使った「独場(どくせんじょう)」と書いたものでした。それがの字形が似ていることから、と混同されて「どくだんじょう」と読み間違える人が多くなり、現在は新聞も「独場」を標準的な表記として認めています。今では多くの国語辞典で「本来は独場」などの注を入れ、見出し語として「独場」も載せています。

 ルールとして決めても定着しなかった「家」もあれば、誤用から慣用・正用へと変化してきた「独場」。こうした事例を見るにつけ、言葉は生き物なのだということをあらためて感じます。

次回、新聞漢字あれこれ第127回は9月6日(水)に公開予定です。

≪参考資料≫

『角川 新字源 改訂新版』KADOKAWA、2017年
『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
『似て非なる漢字の辞典』東京堂出版、2000年
『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』三省堂、2020年
『新聞用語集』日本新聞協会、1996年
『新聞用語集 2022年版』日本新聞協会、2022年
金武伸弥『新聞と現代日本語』文春新書、2004年

≪参考リンク≫

「日経校閲ツイッター」 はこちら
漢字ペディアで「壇」を調べよう
漢字ペディアで「檀」を調べよう
漢字ペディアで「擅」を調べよう

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

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