新聞漢字あれこれ138 刷新の「刷」が表すもの
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
1月下旬のこと。日本経済新聞電子版の校閲を担当していた同僚が、見出しの「刷新」の使われ方がしっくりこなかったようで、複数の国語辞典に当たって調べていました。
航空関係の記事で、見出しに「国際線新主力機20年ぶり刷新」とあり、この「刷新」に違和感を持ったのでした。記事はファーストクラスとビジネスクラスに個室を採用した新しい主力機が就航したというもの。刷新といえば「よくない点を改めて、すっかり新しくすること」(新選国語辞典)といった意味です。
例えば、国際線の全機に故障などの不備があって、全機新しいものに取り換えたのならば、「刷新」としても何とか成立するかもしれません。ただ、この記事では新しい主力機をまず1機導入したという内容でしたので、「刷新」というには無理があります。校閲側の指摘もあって、最終的に「導入」と修正してから公開されました。
そもそも刷新の「刷」とは何か。「刷」といえば印刷の「する」イメージが強いのですが、「はらってきれいにする。はく。ぬぐう」(新明解現代漢和辞典)意味もあります。刷新はまさに「はらってきれいにする」=「すっかり新しくする」ということなのでしょう。明鏡国語辞典の参考情報には「弊害を取り除く意があるので、以前の状態に特に問題がなく、単に新しくする場合に使うと、誤解を生むおそれがある」とありました。
翻って、派閥による政治資金問題を受けて自民党が2024年1月に設置した「政治刷新本部」。同月下旬に策定された中間とりまとめには、派閥を本来の政策集団に移行させ、「お金」と「人事」から完全に決別することを明記したものの、派閥の解散自体は盛り込んでいません。これでは「刷新」とまではいかないのではないでしょうか。
常用漢字表が改定された2010年以降に刊行(改訂)された主な国語辞典16種で「刷新」を引くと、用例に「政治の―」(集英社国語辞典)のように政治・政界・市政を取り上げているものが7種もありました。政治に刷新が求められるのは今に始まったことではないというのがよく分かります。
次回、新聞漢字あれこれ第139回は3月6日(水)に公開予定です。
≪参考資料≫
『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
『新明解現代漢和辞典』三省堂、2012年
※参考にした国語辞典は表を参照
≪参考リンク≫
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。