新聞漢字あれこれ157 「発覚」 ことば選びは慎重に
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
「健康診断で病気が発覚する」――。かつてこんな「発覚」の使い方をよく見たものですが、最近は減ってきたなと思っていました。ところが突然、紙面に現れて「これはまずいな」と……。
発覚とは「かくしていたことや悪事がばれること」(三省堂現代新国語辞典第七版)。発覚の発は「あばく」、覚は「感じ取る」意味になります。健診で病気が見つかったような場合は、意図的に病気を隠していたわけではないので、「発覚」とはしないほうがよいでしょう。そのため『マスコミ用語担当者がつくった 使える!用字用語辞典』(三省堂)では、「発覚」を誤りやすい語として取り上げ「単に、明らかになる・判明する意では使わない」と注記しています。
健診の例文の場合、文脈から「発見」や「判明」の意味で使っているのは明白なので、そう目くじらを立てなくてもよいと考える人もいるかと思います。ことばの使い方、意味は変化していくものなので、本来の言い方ではないからといって、誤りと言い切るのは難しいでしょう。とはいえ、広く情報を伝える側の新聞としては、このあたりも意識して使い分ける必要があると思うのです。
8月下旬、東京電力福島第1原子力発電所2号機で溶融核燃料(デブリ)の試験的取り出し作業が手順ミスで中断しました。これを伝える記事が「装置の操作手順に誤りが発覚した」となっていたのです。記者は「誤りが判明した」意味のつもりで書いたとしても、これでは「隠蔽していた作業ミスがばれた」とも読め、「発覚」したこと自体がニュースになってしまいます。このときは夕刊の製作中。校閲側のアピールで最終的には「装置の操作手順に誤りがあった」と直り、とりあえずほっとしました。
放射線量が極めて高いことから、デブリの取り出しは廃炉作業でも最難関とされています。今回の作業は9月にあらためて着手されましたが、その後も回収装置のカメラが映らなくなるトラブルが発生。11月になって微量のデブリが回収され、ようやく作業が完了となりました。きちんとした手順で安全な作業が行われなければならないのは当然ですが、報道する側の言葉の使い方も読み手に誤解を与えないよう、より慎重であるべきです。みなさんは「発覚」をどちらの意味にとりますか。
次回、新聞漢字あれこれ第158回は12月4日(水)に公開予定です。
≪参考資料≫
神永曉『やっぱり悩ましい国語辞典―辞書編集者を困惑させる日本語の謎!―』時事通信社、2022年
『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
『マスコミ用語担当者がつくった 使える!用字用語辞典』三省堂、2020年
≪参考リンク≫
「日経校閲X」 はこちら
漢字ペディアで「発覚」を調べよう
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。