歴史・文化

0を表す「〇」は漢字か?その4(完)|やっぱり漢字が好き40

0を表す「〇」は漢字か?その4(完)|やっぱり漢字が好き40

著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授)
 

 前号では中国の“〇”が日本の「〇」よりも「漢字寄り」の振る舞いをしていることを論じた。

 「0を表す「〇」は漢字か?その1」で紹介したように、日本の漢和辞典は基本的に「〇」を立項しない。一方、日本で刊行された中国語辞典や、中国で刊行された辞書では“〇”を単独で立項するものが多い。これは中国の“〇”が日本の「〇」よりも「漢字寄り」であることの反映であるかもしれない。ただし“〇”を漢字と認めない立場をとる中国の学者の中には、今なお“〇”を辞書内で単独で立項することに反対している者もいる。筆者は「〇」を広義の漢字と見なす立場をとるため、これを辞書内で単独で立項することに大きな異論はない。

 とは言え「〇」を辞書に収録するにしても、それでおしまいというわけにはいかない。次に「〇」の所属部首を決めなければならないのだが、ここにも未解決の問題がある。

 漢字は点(てん)、横(よこ)、竪(たて)、提(はね)、撇(左はらい)、捺(右はらい)、鉤(かぎ)、折(おれ)という8種の筆画から構成されており、いずれの部首もこの範囲を逸脱することはない。ところが「〇」はこれらの筆画のいずれにも該当しないという点で漢字らしくないうえ、既存の部首のいずれにも合致しない(このような筆画上の「漢字らしさ」の欠如によって「〇」を漢字と認めない研究者がいることは前号で述べた通りである)。そのため「〇」を立項する各辞書の「〇」に対する部首の処理にはばらつきがある。

 まず日本の中国語辞典を見てみると、『中日辞典(第2版)』(小学館、2003年)や『中日大辞典(第3版)』(大修館書店、2010年)は「囗」の部首に帰属させる。後者はさらに語釈の中で「部首は囗(くにがまえ)」であると注記する。

 『現代中国語辞典』(光生館、1982年)は「乙」の部首に帰属させる。

 次に中国で刊行された辞書に目を向けると、例えば『漢語大字典(第2版)』(9巻本、四川辞書出版社、2010年)は“〇”を“囗”の部首に帰属させる。

 『現代漢語詞典(第7版)』(商務印書館、2016年)や『新華字典(第12版)』(商務印書館、2020年)も“囗”の部首に帰属させるが、実のところこれは当初からの処置ではない。いずれも古い版では“〇”には特定の部首が与えられていなかった(古い『新華字典』では「検索が難しい筆画」として分類されていた)。これは“〇”をどの部首にも属さない字とする扱いである。

 『漢英詞典』(商務印書館、1985年)では部首一覧に「余類」という項目を立て、そこに“〇”を収める。これは“〇”をどの部首にも属さない字と見なした処理に近い。

 以上から、各辞書の「〇」に対する部首の処理は3種にまとめられる。
(A)「囗」の部首に入れる。これは――「その1」で述べたように――「〇」が算木(計算用の道具)における空位表記の「□」に由来することに基づいた処理と見なすこともできる。ただし「〇」と「囗」には明確な形の差があり、この種の処理は必ずしも理想的ではない。
(B)「乙」の部首に入れる。これは「〇」の形を「乙」の変形と見なした処理である。ただし(A)と同様、「〇」と「乙」とでは形が大きく異なるという問題がある。
(C)いかなる部首にも帰属させない。この場合、検索に不便という欠点がある。

 いずれにせよ「〇」の部首をどのように立てるかという問題は、目下のところ円満な解決方法がない。

 以上4回にわたって「〇」が漢字か否かという問題について述べてきたが、筆者の私見としては、
(1)「〇」は狭義には漢字ではないが、広義の漢字として認めることができる
(2)そのため「〇」を辞書内で単独で立項ことに異論はない
(3)中国の“〇”の使われ方は日本の「〇」よりも「漢字寄り」である

といったところである。

次回「やっぱり漢字が好き41」は3月21日(金)公開予定です。

≪参考資料≫

今泉潤太郎著・曲翰章訳「〇是漢字嗎?」、『語言教学与研究』1992年第1期
于立君「“〇”応当被認定為漢字」、『中国語文』1999年第6期
解竹「関於“〇”的争論及辞書収録建議」、『辞書研究』2021年第5期
史有為「“〇”是漢字嗎?」2020816
史有為「再談数字“〇”」、2020年8月22日
史有為「“〇”字規範再議」、2020年8月28日
舒宝璋「説“〇”」、『辞書研究』1991年第6期
唐建「説“〇”」、『漢語学習』1994年第2期
傅海倫「“0”、“零”、“〇”的起源与伝播」、『数学通報』2001年第8期

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「零」を調べよう

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≪著者紹介≫

戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
日本大学文理学部教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能語の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。

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