新聞漢字あれこれ182 「新」 2025年「今年の良い漢字」
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
12月12日に日本漢字能力検定協会から発表された世相を表す「今年の漢字」は「熊」でした。「現代用語の基礎知識選『2025 T&D保険グループ新語・流行語大賞』」のトップテンに「緊急銃猟/クマ被害」が入り、「緊急銃猟」は「三省堂 辞書を編む人が選ぶ『今年の新語2025』」でも10位になっています。クマの出没に翻弄された年でした。このコラムでは学生が選ぶ恒例の「今年の良い漢字」で一年を締めくくりたいと思います。
専修大学国際コミュニケーション学部で「メディア日本語論1」を受講している学生に、今年の「良い漢字」とその選定理由を尋ねました。履修登録者は日本語学科1、2年生37人、異文化コミュニケーション学科3、4年生12人の計49人。そのうち45人が回答してくれました。
学生が選んだ字種は36字と多岐にわたり、その中で一番多かったのが昨年と同じ「新」の4人。選んだ理由として「大学生としての新生活が始まった」「新たな始まりと出会いあふれた年」のほか、「大阪・関西万博の開催」を挙げてくれた人がいました。世界から新しい技術やデザイン、文化が集まった万博は多くの人たちに強烈な印象を残しています。
参考ですが、2位は「動」の3人、「進」「挑」「変」「初」がそれぞれ2人と続きました。「動」や「変」は目まぐるしい社会の変動などを表しています。「進」と「挑」は、新しいことへの挑戦で一歩前に進んだ自らを表し、「初」には大学生活で得られた新しい体験の意味が込められていました。
今年、学生が選んでくれた36字の中で私が特に印象深かったのは「考」でした。学生が書いてくれた理由を引用します。
就職活動の選考を受けながら、自分や世界の未来について考えた一年でした。現在は大学3年次の夏から本格的な就職活動が始まり、早期選考や本選考が続いていきます。自己分析では常に自問自答を繰り返し、自分は何者かを人生で最も考えた年でした。社会全体では生成AIの活用がますます広がり、人間自らが思考することの意味を再提示されていると感じます。質問を入力するだけで一見立派な成果物を得られても、その後に自分の成長は残りません。思考停止では平和を守れないのだとも、昨今強く感じます。一つ一つの課題に悩み考え抜くことで、緊張感のある社会情勢を生き抜く思考力が身に付いていくと学んだ一年でした。
生成AI(人工知能)の進歩は私たちの生活を便利により良くしてくれるのは間違いないでしょう。とはいえ、それに頼りきりでは人間の能力は落ちていく一方です。AIを活用する側になるのか、AIに取って代わられる側になるのか、自ら考えなければならないときです。今年も「新聞漢字あれこれ」をお読みくださり、ありがとうございました。読者の皆さんにとって2026年が今年以上のさらに良い年になりますように願っております。
次回、新聞漢字あれこれ第183回は2026年1月14日(水)に公開予定です。
≪参考リンク≫
「日経校閲X」 はこちら
「今年の漢字」特設サイト はこちら
漢字ペディアで「新」を調べよう
漢字ペディアで「考」を調べよう
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『新聞・放送用語担当者完全編集 使える!用字用語辞典 第2版』(共編著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。