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マンションポエム文字表記考【下】|やっぱり漢字が好き68

マンションポエム文字表記考【下】|やっぱり漢字が好き68

著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授)
 

 

 前号前々号と、マンションの広告コピーである「マンションポエム」に焦点を当て、大山顕氏の著書『マンションポエム東京論』(本の雑誌社、2025年6月)に基づき、文字表記という面からその特徴を分析した。今号でも引き続き、この問題に取り組みたい。
 前号まで、マンションポエム特有の文字表記について概観したが、その特徴は以下の4項目にまとめられる。

項目① 一般的ではない訓読み
項目② ダジャレのような当て字
項目③ 画数の多い漢字
項目④ 古めかしい語彙


 これらの文字表記を用いた広告コピーは、ここまでもたびたび指摘したように、非日常感を演出し、高尚な雰囲気を押し出すほか、顧客に冷静さを欠いた状態で高額なマンションを契約させるために、顧客の高揚感を掻き立て、テンションを高めることを目的として作られたものである。

 実のところ、顧客の消費マインドを喚起し、高い商品を買わせるためのこのような手法は、マンションポエムに特有のものでも、また日本の言語環境だけに特有のものでもない。

 ダン・ジュラフスキー著・小野木明恵訳『ペルシア王は「天ぷら」がお好き?味と語源でたどる食の人類史』(早川書房、2015年9月)によると、アメリカの高価格帯のレストランでは、メニューの名称に敢えて英語以外の様々な言語(イタリア語、スパイン語、アラビア語、ギリシア語、フランス語、日本語など)が用いられる(同書21頁)。なじみのない単語を用いているという点から見れば、これはマンションポエムの特徴の項目①「一般的ではない訓読み」に通ずるものがある。つまり高尚な雰囲気を押し出すことで、非日常感を演出しているのである。

 また高価格帯のレストランのメニューには、多音節の長い単語が使われる傾向がある。長い単語の多くはフランス語やラテン語など、歴史的に見てステータスの高い言語から英語に入ってきたものである。この傾向は項目①「一般的ではない訓読み」のほか、③「画数の多い漢字」に相当する。これもまた、高級感と非日常感を押し出すのに一役買っている。

 またこの種の多音節の長い単語は、英語の日常会話の中で使われる頻度は低く、たとえば、decaffeinated(カフェイン抜き)、accompaniments(付け合わせ)、complements(付け合わせ)、traditionally(伝統的な)、specifications(詳述)、preparation(調理)、overflowing(あふれ出る)、magnificent(素晴らしい)、inspiration(ひらめき)、exquisitely(絶妙な)、tenderness(柔らかい)などがある(同書21-22頁)。これは、日常から距離があるという点から見れば、④「古めかしい語彙」に関わり、高級感と非日常感を演出し、顧客の購買意欲を喚起することを目的としている。要するに、小難しい表記や非日常的表記を通して、顧客を「雰囲気で酔わせる」のである。または消費者をケムに巻いていると言いかえても良い。

 なおこれとは対照的に低価格のレストランでは短い形が使われる、decaffeinated(カフェイン抜き)のかわりにdecaf、accompanimentsやcomplements(ともに「付け合わせ」を表す)のかわりにsidesなどが用いられる(同書22頁)。

 著者のジュラフスキー氏の研究チームが、6500件のレストランのメニューにある65万種類の料理全ての価格を調べたところ、料理の説明に長い単語を使うほど、その料理の値段が高くなる傾向があるということを突き止めた。具体的には、料理の説明に費やされる単語の平均的な長さが1文字増えると、料理の価格が18セント(日本円で30円程度)高くなるということである。

 マンションポエムの場合、広告コピーに画数の多い漢字を用いるほど、そのマンションの価格が高くなるということはないであろう。とは言え、アメリカの高級レストランのメニュー表記の特徴との一致は、文字表記に対するヒトの認知的傾向を描き出しているようで、実に興味深い。



次回「やっぱり漢字が好き69」は9月7日(月)公開予定です。


≪参考資料≫

ダン・ジュラフスキー著・小野木明恵訳『ペルシア王は「天ぷら」がお好き?味と語源でたどる食の人類史』、早川書房、2015年9月



≪参考リンク≫

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≪著者紹介≫

戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
日本大学文理学部教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能語の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。

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