「秋」字の成り立ちと展開【上】|やっぱり漢字が好き69
著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授)
暦の上ではもう秋であるが、まだまだ暑い日が続いている。以前、「夏」字の字源を紹介したが(「夏」字の成り立ちと展開【上】|【下】)、今号ではその流れを受けて、「秋」の字源と、そこから現在の字形に至るまでの変遷をたどってみたい。全2回の予定である。
筆者は子どもの頃、「秋」という字の中にある「火」から、紅葉した木々の色を連想した。この連想を膨らませれば、「秋」とは、農作物の実りを示す「禾」と、秋を象徴する色を示す「火」とを組み合わせた会意文字である、という「もっともらしい俗説」を作り出すことも可能であろう。無論これは文字の歴史を顧みず、現代の字形だけを見て意味をこじつけた妄想にすぎない。しかし、世に流布する字源俗説の類は、多くがこのような形で成立したものであろうことは、想像に難くない。
「秋」を構成する部品のうち、「禾」が農作物の実りを示していることについては、おそらく間違いない。それでは、もう一方の部品である「火」は、いったい何を表しているのであろうか?
実のところ、「秋」もまた「夏」と同様、現在の楷書の字形と古代の字形との間に大きな隔たりがある。今からおよそ3000年以上前の殷代甲骨文では、「秋」にいくつかの字体が認められるが、その中でも最もシンプルなものは次のように書かれる。
(1)
(『甲骨文合集』6352)「今秋」
(2)
(『甲骨文合集』9185)「來秋」
(1) は「この秋」、(2) は「次の秋」の意味で用いられている(なお殷代の人の季節に対する認識は、春夏秋冬の四季ではなく、春と秋のみからなる二季であった)。(1) (2) は楷書に直すと「
」という文字に該当する。虫を象った象形文字であるが、具体的に何の虫を表しているかについては、蝗虫(イナゴ)とも、蟋蟀(コオロギ)とも、天牛(カミキリムシ)とも言われ、解釈は今なお定まっていない。もっとも劉釗(2025)はイナゴの象形である可能性が高いと指摘する。
このほか甲骨文では、(3) のように下に「火」を加えた「
」も「秋」を表す。
(3)
(『甲骨文合集』32854)「今秋」
ではなぜ、虫を象った「
」字が「秋」を表すのか。この問題については現在に至るまで明確な答えが得られていない。
1つの考え方としては、当時のその虫を表す単語の発音と、「秋」の発音が近かったから、「秋」を表す文字としてその虫の象形文字を当てたというものがある。いわゆる仮借である(仮借とは、文字化し難い抽象的な意味を持つ語を記録する際に、発音が同一または近似した既存の字を用いる文字運用方法である)。ただし、劉釗(2025)がすでに指摘しているように、イナゴにせよコオロギにせよ、当時のそれを表す単語の発音が「秋」を表す単語の発音と近かったという証拠はどこにもない。
もっとも、「
」=カミキリムシという観点に立てば、仮借説が成立する余地がある。郭小武(2004)は上で紹介した (1) 〜(3) の「
」を、カミキリムシを意味する「蝤」字に同定しつつ、「蝤」は「秋」と発音が近かったため、季節の秋を表すようになったとの理解を示す。
もう1つの考え方としては、「
」が示す虫が秋という季節と大きく関わっていたから、というものがある。
たとえば、 (3) の「
」を、煙と火によって穀物の苗を害するイナゴを駆除することを表す文字と解釈しつつ、これが、苗が守られたことで収穫が得られたという意味に派生し、そこからさらに穀物が実る季節である「秋」を表すようになったという解釈がある(彭邦炯1983)。この時、(1) (2) の「
」は「
」から「火」が省略された字体と見なされる。
また、秋はイナゴによる蝗害が多く発生する季節だから、イナゴの象形文字によって「秋」を表したという考えもある(江柏毅2022)。
さらに、秋はコオロギの季節であり、コオロギの鳴き声が当時、「秋」を表す単語の発音と近かったから、コオロギの象形文字で「秋」を表すようになったという説もある(劉暁亜・王進華2023)。
このほか、火でイナゴを駆除することを表す「
」字を、現在の「灼」や「焦(燋)」といった漢字に同定しつつ、これが発音の近い「秋」に仮借したという説を挙げる者もいる(劉釗2025)。この説の背景には、後漢・許慎『説文解字』において、「秋」字が「从禾,
省聲」(禾が意味範疇を示す義符で、
の省略形が発音を示す声符である)と分析され、さらにその声符「
」が「讀若焦」(焦のように発音する)と注記されている事実がある。
以上に紹介したのは、諸説あるうちのごく一部に過ぎない。「
」はイナゴを象った文字である可能性が高いとはいえ、それがなぜ「秋」を意味するのかという問題については、いずれの説も決め手を欠くという憾みが残る。
今号はここまでとしたい。次号では殷代より後の「秋」字の変遷を見ていきたい。
次回「やっぱり漢字が好き70」は9月28日(月)公開予定です。
≪参考資料≫
戸内俊介 「“寸”、“兀”、“秋”字から見た古文字簡化に関する一考察」、佐藤進教授還暦記念中国語学論集刊行会編『佐藤進教授還暦記念中国語学論集』、2007年、好文出版
郭小武 「古文字考釈五題」、向光忠主編『文字学論叢』第2輯、2004年
江柏毅 「中国古代的蝗災与甲骨文的“秋”字」、CASE報科学網站、 https://case.ntu.edu.tw/blog/?p=41292、2022年12月28日
彭邦炯 「商人卜螽説——兼説甲骨文的秋字」、『農業考古』1983年第2期
劉暁亜・王進華 「甲骨文中季節文字的図像探究——以“夏、秋”為例」、『湖南包装』2023年第4期
劉釗 「説字解詞——秋」、『辞書研究』2025年第4期
≪参考リンク≫
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≪著者紹介≫
戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
日本大学文理学部教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能語の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。