マンションポエム文字表記考【中】|やっぱり漢字が好き67
著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授)
前号からマンションの広告コピーである「マンションポエム」に焦点を当て、大山顕氏の著書『マンションポエム東京論』(本の雑誌社、2025年6月)に基づき、文字表記という面からその特徴を分析している。今号でも引き続き、この問題に取り組みたい。
マンションポエムの特徴として次に挙げられるのは、大山氏も指摘しているように、当て字の多用である。マンションポエムが用いる当て字は、ダジャレじみたものが多い。たとえば、
(17)「桜上粋。」(アルス桜上水、東急不動産、2006年築)
(18)「響感 私の美意識が、yesと言った。」(リビオ奥沢自由通り、新日鉄都市開発、2005年築)
(19)「御池通、彩前席。」(プレミスト京都御池通、大和ハウス工業、2017年築)
(20)「TOKYOの『美知なる森』に清む。」(リビオシティ文京小石川、日鉄興和不動産/東京建物/中央日本土地建物/住友商事、2026年11月竣工予定)
(17)は地名の桜上水(東京都世田谷区)の「水」を同音の「粋」に書き換えることで、このマンションが「粋」であることを示している。(18)は「共感」の「共」を同音の「響」に改めることで、住む人の「美意識に響く」という意味合いを生み出しているのであろう。(19)は「最前席」の言い換えであるが、「最」を「彩」に置き換えることで、きらびやかさを演出している。(20)は「未」を同音の「美」に改めることで、「森」の美しさをほのめかしている(なお(20)は「東京」を敢えてローマ字で表記しつつ、「清む=すむ」という特殊な訓読を併用しており、これでもかというほどマンションポエム的な手法を詰め込んでいる)。いずれも、妙なテンションの高さを感じるが、そもそもマンションなどというとんでもなく高価なものは、冷静な感情のままで買えるものではない。つまり、これらの当て字は顧客の高揚感を掻き立てるための手法である。
なお同音字による置き換えは、「夜露死苦」や「愛羅武勇」といった昭和ヤンキー漢字とも大きく関わる。昭和ヤンキー漢字については筆者の過去のコラム「やっぱり漢字が好き14 昭和ヤンキー漢字(上)」と「やっぱり漢字が好き15 昭和ヤンキー漢字(下)」を参照されたい。
マンションポエムが画数の多い漢字を使いがちなのも、昭和ヤンキー漢字と通ずるところがある。たとえば、
(21)「緑奏と開放を纏う私邸。」(ザ・パークハウス国分寺プレイス、三菱地所レジデンス、2016年築)
(22)「華やぎを使いこなしながら、静謐な地に居を構える。」(ベルジェンド新中野レジデンス、ベルフラッツ/住協建設、2015年築)
(23)「還りたくなる、横濱景」(シティテラス横濱戸塚、住友不動産、2017年築)
ここで用いられている画数の多い漢字は、いずれも常用漢字表(2010年改定)に含まれていない表外字である。このほか、よく用いられる画数の多い漢字として、「憧憬」「謳う」などがある。やや小難しい漢字を意識的に用いるのは、高尚さを押し出し、非日常感を演出しているものと考えられる。
もっとも画数の多い漢字を用いるのは、高尚さを示すためだけとも限らない。(23)では、「濱」とともに、「帰る」を敢えて「還る」で表記している。「濱」はヤンキー的世界で好まれる漢字である。「還る」は日常で頻出する表現ではないうえ、筆者の語感では「土に還る」、すなわち、「死」を連想させる。かつて筆者は本連載の15号(「やっぱり漢字が好き15 昭和ヤンキー漢字(上)」)で、昭和ヤンキーが好む漢字には反社会性や攻撃性を暗示するものが多いことを述べた。この観点から見ると、(23)の「濱」や「還る」も、特定の世界観を反映したものであるかのようで興味深い。
このほか、マンションポエムには造語も多い。前号の【上】で紹介した(13)の「瞬輝」もこれに当たるし、(17)〜(20)の当て字も造語の一種であるが、そのほか、
(24)「青葉台の麗邸 求めていた、かけがえのない土地。」(クリオ青葉台、明和地所、2016年築)
(25)「緑奏と開放を纏う私邸。」(ザ・パークハウス国分寺プレイス、三菱地所レジデンス、2016年築)
(26)「碑文谷の私咲。」(シティテラス千里桃山台、住友不動産、2018年築)
などがある。いずれも『日本国語大辞典(第二版)』に立項されていない単語である。(26)の「私咲」に至っては、広告の中で「※私咲(しさく)=私(私たち)の個性が咲く、暮らしを表現した造語です。」と注記されている。
さらに、マンションポエムには、現在ほとんど使われなくなった古めかしい語彙が散見される。代表的なものとして、「すまう(住まう、棲まう)」がある。たとえば、
(27)「都の中枢を住まう誇り」(ブランシエラ宇都宮悠久の杜、長谷工不動産、2024年築)
(28)「千里本流、駅前に棲まう」(シティテラス千里桃山台、住友不動産、2018年築)
「すまう」は「すむ」の未然形に上代の反復・継続を表す助動詞「ふ」がついて一語化したものとされる(『日本国語大辞典(第二版)』第7巻1045-1046頁)。同様に構成された語としては、「語る→語らう」がある。「すまう」には「住み続ける」という意味があるが、上で挙げた「すまう(住まう、棲まう)」は「住む」とほぼ同義で使われている。
「住む」と同義とはいえども、普段の会話の中で「住む」を、わざわざ「住まう」と言い換える人はまずいない。もし周囲に「来年から札幌に住まう予定で……」などと真顔で語る人がいたら、かなりのキザか、或いは相当な変わり者と見て間違いない。
このほか、次の「雅景」もふだん見られない単語である。
(29)「雅景の邸、芳醇の刻」(ディアナコート櫻町雅壇、モリモト、2005年築)
『日本国語大辞典(第二版)』は「雅景」を「風流な景色。美しいながめ。佳景」と語釈しつつ、用例として、14世紀室町時代の『異制庭訓往来』と19世紀江戸後期の『夜航余話』を挙げる。
「すまう」にせよ「雅景」にせよ古典語であり、日常の口語の中で使うものではない。これは非日常感を演出すると同時に、高尚な雰囲気を押し出す効果を狙ったものと考えられる。
今号はここまでとする。次号の【下】では、ここまで紹介したマンションポエムの文字表記上の特徴に基づき、それが人の感情にどのような影響を及ぼすのかについて、筆者の私見を披露したい。
次回「やっぱり漢字が好き68」は8月17日(月)公開予定です。
≪参考資料≫
大山顕『マンションポエム東京論』、本の雑誌社、2025年6月
日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部『日本国語大辞典(第二版)』、小学館、2001年6月
≪参考リンク≫
漢字ペディアで「清」を調べよう
漢字ペディアで「住」を調べよう
漢字ペディアで「棲」を調べよう
漢字ペディアで「還」を調べよう
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≪著者紹介≫
戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
日本大学文理学部教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能語の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。