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「拮据」から漢和辞典の字義を考える 【漢検1級で出題された熟語を解説! 11】

「拮据」から漢和辞典の字義を考える 【漢検1級で出題された熟語を解説! 11】

著者:田中郁也(漢字文化研究所主任研究員)

 

 漢検最難関の1級では、約6,000字の対象漢字の中からさまざまな熟語が出題されます。中には、漢字そのものは知っていても、複雑な読み方やその言葉の意味を知らないと答えられない問題も。
 このコラムでは、実際に過去に漢検1級で出題された熟語を漢字文化研究所の専門家が、その背景なども詳しく解説します!

◇  ◇  ◇


 2018年度 第3回の1級の対義語問題で「懈惰ー□□」という出題がありました。標準解答は「かい」〈なまける〉の対義語「拮据きっきょ」〈せわしく働くこと〉でした。
 「拮」の字は「拮抗」で見たことがあっても、「拮据」という言葉には、なじみのない方が多いのではないでしょうか。

1)「拮据」の意味

 漢検協会の提供するWEB上の漢字辞典、「漢字ペディア」では、「拮据」を次のように説明しています。

拮据
せわしく働くこと。苦労して働くこと。


 二字はいずれも手へんで、「拮」は「拮抗」の「拮」、「据」は〈据える〉の意味で使われる字です。字面だけを見ると、手を動かして何かを行う様子を表しているように思えます。

2)「拮据」は鳥の巣作りから

 中国最古の詩集『詩経』「豳風」の「鴟鴞」という詩に、次の一節があります*1。

予手拮据(手は暇もなく苦しんで)
予所捋荼(葺の穂をとり)
予所蓄租(菰をあつめ)
予口卒瘏(私の口は疲れはてたが)
曰予未有室家(まだ安らかな家がないのだ)


 この詩では、鳥が巣を作るために、さまざまな材料を集める様子がうたわれています。鳥には人間のような手はありませんから、ここの「手」とは、鳥の爪や足のことなのでしょう。鳥が爪を動かし、巣作りのために忙しく働く様子を「拮据」という言葉で表しています。
 なおこの語は、唐代頃になると「貧乏」の意味でも用いられるようになります。日本でも「貧乏暇なし」などという身につまされる慣用句がありますが、同じ発想で派生した意味なのでしょう。

3)「拮据」は連綿語

 上に見たように「拮据」は、鳥が爪を使って巣を作る様子を表した言葉です。その一字一字について漢和辞典を見ると、「拮」には「はたらく」、「据」にも「はたらく」といった意味が記されていることがあります。
 ここから、

〈働く〉という意味の「拮」と、同じ〈働く〉という意味の「据」とを組み合わせて、「忙しく働く」という「拮据」ができた

と考えたくなります。しかし、この語の使用例を見ると、どうもそうとは言えないようです。
 「拮」の古典籍での使用例を見てみると、上の『詩経』の「拮据」のように、常に「据」という字とペアになって使われています*2。この場合、「拮据」は二文字で一つの言葉を表し、「拮」はその言葉の一部の発音だけを示していると考えられます。このように、漢字二文字で表される言葉のうち、二字の意味を合成してできたものではない言葉を、「連綿語」と呼びます(連綿語については過去の拙文をご覧ください*3)。
 つまり、「拮据」は「拮」と「据」の意味を一字ずつ足して作られた言葉ではなく、まず「拮据」という一まとまりの言葉があったと考えられるのです*4。

4)中国で字典が作られたわけ

 一部の漢和辞典は、どうして「拮」の下に「拮据」というの解釈を載せるのでしょうか。これは、中国語という言語の特徴のせいなのです。
 中国語の大きな特徴に、「基本的に、一つの音節が一つの意味を表し、その一つの意味が一つの漢字で表される」というものがあります。例えば、日本語の「やま」は二音節で〈周囲に比べて盛り上がった土地〉という一つの意味を表し、それは仮名では二文字で表されますが、中国語では「shān」*5という一音節がその意味を表し、その言葉が「山」という一字で表されます。
 このように、基本的に一つの漢字が一つの意味を表すという特徴的な言語環境の中で、ことばを集めて解釈する書籍、つまり「辞書」を作る場合、単字を見出し項目に立てるのが圧倒的に効率的です。「学校」「学務」「学閥」「学問」などをいちいち見出し項目に立てて解釈しなくても、それぞれの字を見出し項目とし、二字以上の語はそれらの漢字の意味を合成したものと解釈すればそれで大きな問題はないというわけなのです。こういうわけで、中国では漢字一文字だけを見出し項目とする「字」典が約2000年の長きにわたって作られてきたのです。

5)字典に連綿語を収録するには

 「拮据」のような、二字で一つの意味を表す連綿語は、中国語と漢字の基本的な特徴から外れた、「字」典に収録しにくい言葉です。本来切り離せないはずの言葉の一部分だけを切り離して、説明する事になるからです。
 とはいえ、連綿語を収録しないわけにもいきません。そこで、古代中国の字典では、連綿語を構成する二字をそれぞれ別の見出し項目に立て、その解釈の中に語全体の意味を記すという方法が採られました。「拮据」の場合であれば、「拮」と「据」とを別々に収録し、それぞれの字の下に「拮据」という語と、その意味を記すわけです。
 例えば、遼代に作られた仏者の字書『龍龕手鑑(鏡)』(遼・行均撰、997年)*6では、

「拮、音古。―据、手病。又音結。義同。」「据、音居。拮―、手病。」
 と、「拮」・「据」という字を解説するのに、「拮据」の二文字を記して解釈しています(「―」には見出し字が入ります。また、ここでは〈手の病気〉だという意味が載っています)。

 ところが、このような字典の記述だけでは、この字が一文字としても使われるのかどうか、一目で判別することができません。
 そこで、現代の漢和辞典では、「拮」の項目に字義を載せなかったり、「連綿」、「双声」「畳韻」(いずれも連綿語に多く見られる音韻上の関係)などと注記したりして、その意味が一字だけで成り立つものではないことを示しています。漢和辞典でよく目にする「連綿」という表示は、二字を一まとまりの言葉として読め、という注意を促す印なのです。

 つまり、漢和辞典で「拮」・「据」という二つの見出し字の下に〈働く〉という解釈を載せることがあるのは、漢字一字を基本的な見出しとする字典の形式に合わせて、「拮据」という語の意味を双方の項目に振り分けただけなのです。言い換えれば、これらは「見かけの字義」ということになり、「拮」も「据」も、一文字では〈働く〉という意味で使われた形跡がないというわけなのです。

余論

 現在、一般社会で「拮」字を目にする機会があるとすれば、それは「拮抗」という言葉の一部としてでしょう。
 「拮抗」は、〈二つの勢力や力量がほぼ等しく、互いに張り合う〉という意味で、やはり連綿語です。そして、漢和辞典では、
 「頡頏」とも書く
と書かれています。これは、連綿語の一つの特徴である「音が同じか近ければ、さまざまな漢字表記で記される」という特徴に合致します。
 この「拮抗」という表記がいつ成立したのか調査してみると、かなりまれな表記だったことがわかります。中国の古典籍のデータベースを調べたところ、清代の『撫虔草』(蘇弘祖、順治〈1643-61〉年間)や、嘉慶版『葭州志』(1809)などにまばらに見られるだけで、ほとんど「拮抗」という表記は見られません。この言葉は、中国では「頡頏」という表記で書くのが当たり前だったということがわかります。
 一方の日本でも同じ状況で、「拮抗」と手へんの字を使ってこの言葉を書いた初めての例は、明治時代の『明六雑誌』に載せられた福沢諭吉の文章であるようです*7。今の私たちにとっては「頡頏」よりも「拮抗」と書く方がはるかに自然ですが、それは明治以降の表記方法が定着した結果だということができそうです。
 そして、「拮抗」もやはり連綿語ですから、漢和辞典では「拮」字に〈張り合う〉という解釈が載せられていることがあるものの、それを「拮」という一字の意味として考えてはいけないということになります。
 「拮」の〈働く〉・〈張り合う〉は、二字一まとまりの言葉を、漢字一字ごとの項目に分けて説明したところから生まれた字義なのです。



次回は10月13日(火)に公開予定です。

≪注釈≫

1 目加田誠訳『詩経・楚辞』(中国古典文学全集1、平凡社、1960年)を参照した。
2 「戛」の仮借字としての用法は除く。『漢語大字典(第二版)』、『漢語大詞典』、『漢語聯綿詞詞典』(謝紀鋒編著、外語教学与研究出版社、2011年)、『漢辞源(第二版)』(三省堂、2006年)などでは「拮据」を連綿語とみなす。
3 拙文「躑躅」(「漢検生涯学習ネットワーク会員通信」vol.34(2020年6月 (公財)日本漢字能力検定協会 発行)。
4 連綿語も造語当初には一般の合成語のように作られたとする研究(沈懐興『聯綿字理論問題研究』(商務印書館、2013年)があるが、語源意識が失われた後世にあって、分解できない二字語であると認識されていたことは疑い得ない。
5 現代中国語のピンイン表記に拠る。
6 『竜龕手鑑』(日本古典全集)、国立国会図書館デジタルコレクションより。
7 佐藤亨『現代に生きる幕末・明治初期漢語辞典』(明治書院、2007年)に拠る。

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≪参考リンク≫

漢字ペディアで「拮据」を調べよう

漢字ペディアで「」を調べよう
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