歴史・文化

戦後漢字史の片隅に消えた文字【下】|やっぱり漢字が好き60

戦後漢字史の片隅に消えた文字【下】|やっぱり漢字が好き60

著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授)
 

 

 前々号から、「価」の異体字「」について調査を進めている。前号では「」字の成立について私見を紹介した。今号では1950年代の新聞紙面を手がかりに、「」字が用いられなくなった軌跡を見ていきたい。

 いつから、「」が衰退したのであろうか。この疑問を解き明かすため、1950年1月以降の『毎日新聞』の縮刷版に目を通してみた。すると、月刊誌『主婦の友』が毎月出稿している広告の中にしばしば「」字を確認することができた。そこで筆者は『主婦の友』の広告に見える「價」「」「価」の字体・字形の変化について調査を進めた。

 『主婦の友』の広告は手書きに基づく印刷と活字印刷を併用しているが、「」は前者のみに見られる。まず昭和25年(1950年)2月28日朝刊に掲載された広告では「價」が用いられている(図4)。その後、しばらく広告自体の出稿がなかったり、広告が出稿されていても「価」字が用いられていなかったりするのだが、同年9月28日朝刊に「価」が現れる(図5)。「價」から「価」への交代の背景には無論、昭和24年(1949年)に公布された「当用漢字字体表」の影響がある。

図4、1950年2月「價」  図5、1950年9月「価」


 次に「価」が出現するのは翌年の昭和26年(1951年)1月28日朝刊で、ここで初めて「」が用いられる(図6)。さらに同年2月28日朝刊にも「」が見られる(図7)。

図6、1951年1月「にんべんに西」  図7、1951年2月「にんべんに西」


 しかし同年3月28日朝刊では「価」に戻る(図8)。ところが、同年5月29日朝刊では再び「」が現れる(図9)。このころは「価」と「」が併用されていたようで、同年9月28日朝刊では「」が(図10)、10月30日朝刊(図11)、11月28日朝刊(図12)、12月29日朝刊(図13)では「価」が用いられている。

図8、1951年3月「価」  図9、1951年5月「にんべんに西」  図10、1951年9月「にんべんに西」  

図11、1951年10月「価」  図12、1951年11月「価」  図13、1951年12月「価」



 年が明けて、昭和27年(1952年)3月28日朝刊(図14)と4月29日朝刊(図15)では引き続き「価」が用いられているが、同年6月28日朝刊ではまた「」が現れる(図16)。これ以降、筆者の調査した限りでは、「」が見られなくなる。なお図14は活字と思われる。

図14、1952年3月「価」   図15、1952年4月「価」  図16、1952年6月「にんべんに西」


 以上は『主婦の友』の出稿広告のみに対する調査であるため、過度な一般化は禁物であるが、さしあたり、昭和27年(1952年)半ばころから「」が衰退したと言えそうである。1950年代前半から活字を用いた印刷が普及し、謄写版(ガリ版)などの手書きに基づく印刷が減少するに伴い、「」の字体が徐々に用いられなくなったということであろう。それに代わって、「当用漢字字体表」に採用された「価」の字体が定着した。つまり印刷物上に見える「」は、戦後のある一時に流行するも、その後急速に衰退した字体と考えられる。

 以上、前々号の写真を足掛かりに、戦後日本における「」字の成立と展開について、筆者の調査結果をご覧いただいた。再度述べるが、これは初歩的な調査によって導き出した仮説であり、本格的な調査をしたわけではない。特に人の手よりなる肉筆資料にはまだ目を通していない。





次回「やっぱり漢字が好き61」は3月16日(月)公開予定です。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「価」を調べよう

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≪著者紹介≫

戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
日本大学文理学部教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能語の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。

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