新聞漢字あれこれ189 春闘で「昇給・昇級」を考える
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
春季労使交渉(春闘)で大手企業の集中回答日を迎えた3月18日、夕刊の記事に出てきた「昇級」の表記に、少し考えさせられました。
記事には「A社はベースアップ(ベア)に相当する賃金改善で、1万8000円の組合要求に満額回答した。査定による昇級と合わせて賃上げ率は平均7%となる」とありました。この時の校閲担当者は「昇級」を素早く「昇給」と修正しました。この記事を一緒に担当していた私は、あらためて読み返し、正しい判断だと確認しました。
『三省堂国語辞典第八版』では、昇給を「給料が上がること」、昇級を「等級や階級〈が上がること/を上げること〉」とそれぞれ意味を示しています。例文は労使交渉で給料が上がることを書いているわけですから、当然ながら「昇給」と直してよかったものです。
とはいえ、読み返すなかで「昇級」でも意味が通るとも考えました。例えば査定の結果、社員の階級(役職)が係長から課長に上がったとしたら、「昇級」に伴い「昇給」するわけです。そう考えれば「昇級」でもあながち間違いとは言い切れません。ただし、例文の場合は文脈から賃金のことを指しているのは明らかなので、「昇給」のほうが適切でした。
こうした微妙なケースはまれで、ふだんは「昇給・昇級」の使い分けで深く考えるようなことはないでしょう。新聞・通信各社の用字用語集でも「昇給・昇級」を同音の使い分けに注意する語として取り上げているものはありませんでした。校閲記者としてはどちらも「ショウキュウ」で変換候補に挙がるということを注意しておけば十分だといえます。
ちなみに日本経済新聞社の記事データベースサービス「日経テレコン」で、2025年(1年間)の日本経済新聞朝夕刊で「ショウキュウ」が出てきた記事を検索したところ、「昇給」の252件に対し、「昇級」は12件でした。「昇給」の約7割が1~4月の主に春闘関係の記事に集中して登場。「昇級」12件の内訳は、仕事のキャリア関係が8件、競馬の話題が4件ありました。春が終わりを告げる頃、「昇給」も紙面から消えていくようです。
■「昇給」の月別登場記事件数(2025年)
次回、新聞漢字あれこれ第190回は5月20日(水)に公開予定です。
≪参考資料≫
『三省堂国語辞典第八版』三省堂、2022年
≪参考リンク≫
「日経校閲X」 はこちら
漢字ペディアで「昇」を調べてみよう
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『新聞・放送用語担当者完全編集 使える!用字用語辞典 第2版』(共編著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。