気になる日本語漢字の使い分け

新聞漢字あれこれ191 「離れわざ」は2つある?

新聞漢字あれこれ191 「離れわざ」は2つある?

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語委員)

 

 

 

 「3試合連続で満塁本塁打を放つ離れわざをやってのけた」。新聞には「離れ業」と「離れ技」を使い分ける表記ルールがあります。この場合の「わざ」には「業」と「技」のどちらを当てることになるのでしょうか。
 
 新聞用語懇談会編『新聞用語集2022年版』(日本新聞協会)では、「はなれる・はなす」と「わざ」の項目で「離れ業〈一般用語〉、離れ技〈体操〉」を用例に挙げて、使い分けを示しています。これは「人を驚かすような大胆・奇抜なわざ」(旺文社国語辞典第十二版)という意味で一般的に使う場合は「業」と書き、体操競技の鉄棒などで器具から手を離して宙返りやひねりを行い再びバーをつかむようなものは「技」とする、というものです。
 円満字二郎さんの『漢字の使い分けときあかし辞典』(研究社)には「能力やテクニックの場合は、《技》を用いる」「能力やテクニックを使って行った結果の場合は、《業》を使う」との分かりやすい区別が書いてありました。体操で高得点となる難度の高い「わざ」自体はテクニックですので「技」とすると考えればよいでしょう。冒頭の例文は、自らの能力を使って放った満塁本塁打という結果を指すので「業」とすればよいわけです。
 「離れ業」と「離れ技」。新聞ではかなり定着した使い分けですが、1990年代では体操競技の鉄棒でも「離れ業」としている記事がありました。当時の『新聞用語集』(1996年版)には「はなれわざ」は「離れ業」の表記しか示されていなかったからです。とはいえ、体操の「離れ業」には違和感があったのも事実。その後、2007年版から現行の「離れ業〈一般用語〉、離れ技〈体操〉」が示されるようになりました。ちなみに日本経済新聞社の用字用語集では2001年版から使い分けをしています。
 面白いのは新聞での「離れ業」の使用例です。用語集には「一般用語」とはあるものの、新聞記事データベースを見ると、その多くはプロ野球をはじめスポーツ記事に登場しているのです。ならば、体操は「技」で、他の競技は「業」と単純に使い分ければよいと考えてしまいそうですが、必ずしもそうとは言い切れません。体操でも「3大会連続でメダル獲得の離れわざ」といった場合の「わざ」は偉業(結果)を表すので「業」となるわけです。これはテクニックの「技」にはなりません。
 今回の記事を書くきっかけとなったのは5月中旬に行われた体操のNHK杯を取り上げた報道でした。大きな見出しの「離れ技」を見て、「以前は『離れ業』になっていたこともあったなあ」と思い出したのです。新聞の用字用語の仕事とは、表記ルールを決めてそれを守ることではありますが、より良い表記にするためにルールを変更することもあるのです。正確で分かりやすい表記を目指し、昔も今も常に考えています。

 

 

次回、新聞漢字あれこれ第192回は6月24日(水)に公開予定です。

≪参考資料≫

『漢字の使い分けときあかし辞典』研究社、2016年
『新聞用語集』日本新聞協会、1996年
『新聞用語集 2007年版』日本新聞協会、2007年
『新聞用語集 2022年版』日本新聞協会、2022年
『NIKKEI用字用語集 2001年版』日本経済新聞社、2001年

≪参考リンク≫

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語委員

1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。記事審査部次長、研修・解説委員、用語幹事などを経て現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。専修大学国際コミュニケーション学部協力講座講師。漢検 認定エキスパート講師。漢字教育士。

著書に『新聞・放送用語担当者完全編集 使える!用字用語辞典 第2版』(共編著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『日本語ライブラリー 文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。日経BizGate『誰かに話したくなるビジネス日本語』、三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。



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