「秋」字の成り立ちと展開【下】|やっぱり漢字が好き70
著者:戸内俊介(日本大学文理学部教授)
前号では、殷代甲骨文に遡って「秋」の字源に関する諸説を紹介した。今号では殷代より後の時代の「秋」字の変遷を、出土文字資料を中心に見ていきたい。
なおこのテーマについては、筆者はかつて論文を発表したことがあり(戸内俊介2007)、今回のコラム執筆に当たり、久しぶりに紐解いた。自身の若い頃の論文を改めて読むと、やや気恥ずかしさを覚えるのは私だけであろうか。
さて本筋に戻ると、次に「秋」字が現れるのは、春秋時代(紀元前8世紀~紀元前5世紀)である。
(4)
(与兵壺:『商周青銅器銘文曁図像集成』12445)「春秋」
これは「
」の左側に義符(意味範疇を表す部品)である「禾」と、その上に「日」が加えられた文字と見なされる(劉釗2025)。「禾」を加えたのは「秋」が農作物の実りを意味するからであり、「日」が加えられたのは「秋」が時間と関係するからである。
このほか、出土文字資料ではないけれども、後漢・許慎の『説文解字』に「秋」の籀文(異体字の一種)として(5)の文字「
」が掲出されている。籀文は概ね西周時代後期の文字に比定される。
(5)
(
)(『説文解字』巻七上・禾部「秋」字籀文)
これは「禾」と「火」と「龜」から構成された文字である。「龜(カメ)」が含まれているのは後世の人が「
」を「龜」と誤解した結果である。「龜」は「
」が変形した部品に過ぎず、本来「秋」と「龜」とは何の関わりもない。なお『説文解字』は「秋」字を「从禾,
省聲」(禾が意味範疇を示す義符で、
の省略形が発音を示す声符である)と分析する。
なお、のちに(5)の「
」から「火」が省かれて「龝」となり、これが最終的に『康煕字典』に「秋」字の古文として収録された。現在の日本で「穐田」という姓があったり、千秋楽を「千穐楽」と書くのは、これに由来する。
話を元に戻すと、この後、「秋」を表す文字から「
」が省かれるようになる。例えば次の(6)は戦国時代の楚の竹簡(楚簡)に見える「秋」であるが、「禾」と「日」と「火」から成る。(7)も楚簡の「秋」であるが、(6)の上に「艸(艹)」が加えられている。
(6)
(郭店楚簡『六徳』25号簡)「春秋」
(7)
(清華簡『金縢』13号簡)「秋則大穫」〔秋には大いに収穫があった。〕
さらに時代が下り、戦国時代末期の秦の竹簡(秦簡)には「禾」と「火」からなる「秋」が見える。秦以降、この種の字体が定着し現行の「秋」へとつながっていく。
(8)
(睡虎地秦簡『日書甲』1号簡)「秋三月」
以上、殷代の「
」から始まり、秦の「秋」に至るまでの字形変化を通覧した。「秋」の字形を時代順に並べると概略、次のようになる。なお、西周の文字が括弧で括られているのは、西周後期の文字と位置付けられる『説文解字』の籀文が、必ずしも西周の同時代資料ではないからである。本来、この欄には西周時代の金文(青銅器銘文)を入れるべきであるが、西周金文に「秋」字は見つかっていない。また楚簡の文字(楚系文字)が春秋の金文から枝分かれになっている。これは楚系文字が、籀文から小篆へとつながる秦系文字と異なる系統の文字であるためである。

「秋」を構成する各部品の内、甲骨文の時代から残ったのは「火」のみであり、元々の主体であった「
」は影も形もない。この「火」はもともとはイナゴを駆除する手段であった可能性が高く、秋の紅葉とは全く関係がない。【上】篇の冒頭で紹介した、子どもの想像からこじつけた字源説――「秋」とは、農作物の実りを示す「禾」と、秋を象徴する色を示す「火」とを組み合わせた会意文字である――は、全くの見当外れであったということである。世に流布する字源俗説の多くは、案外このような無邪気な妄想をきっかけにこじつけられたものなのかもしれない。
次回「やっぱり漢字が好き71」は10月9日(月)公開予定です。
≪参考資料≫
戸内俊介 「“寸”、“兀”、“秋”字から見た古文字簡化に関する一考察」、佐藤進教授還暦記念中国語学論集刊行会編『佐藤進教授還暦記念中国語学論集』、2007年、好文出版
郭小武 「古文字考釈五題」、向光忠主編『文字学論叢』第2輯、2004年
江柏毅 「中国古代的蝗災与甲骨文的“秋”字」、CASE報科学網站、 https://case.ntu.edu.tw/blog/?p=41292、2022年12月28日
彭邦炯 「商人卜螽説——兼説甲骨文的秋字」、『農業考古』1983年第2期
劉暁亜・王進華 「甲骨文中季節文字的図像探究——以“夏、秋”為例」、『湖南包装』2023年第4期
劉釗 「説字解詞——秋」、『辞書研究』2025年第4期
≪参考リンク≫
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≪著者紹介≫
戸内俊介(とのうち・しゅんすけ)
日本大学文理学部教授。1980年北海道函館市生まれ。東京大学大学院博士課程修了、博士(文学)。専門は古代中国の文字と言語。著書に『先秦の機能語の史的発展』(単著、研文出版、2018年、第47回金田一京助博士記念賞受賞)、『入門 中国学の方法』(共著、勉誠出版、2022年、「文字学 街角の漢字の源流を辿って―「風月堂」の「風」はなぜ「凮」か―」を担当)、論文に「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察」(『中国語学』254号、2007年、第9回日本中国語学会奨励賞受賞)、「「不」はなぜ「弗」と発音されるのか―上中古中国語の否定詞「不」「弗」の変遷―」(『漢字文化研究』第11号、2021年、第15回漢検漢字文化研究奨励賞佳作受賞)などがある。