新聞漢字あれこれ38 同じ漢字が3つ「品字様」
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
同じ字を上に1つ、下に2つの形で3つ重ねた漢字があります。これらは「品字様(ひんじよう)」と呼び分類されるものです。ちょうど品字様について調べていたときに、これを題材にしたテレビドラマが2019年4月に放映されたと知りました。
現在の漢和辞典では使われていませんが、日本の古い漢字字書『新撰字鏡』(平安時代)では、同じ字を3つ重ねた漢字を「品字様」として、分類しているそうです。漢字を扱ったドラマだけにどんな内容か興味をそそられましたが、知ったのが放映後だったため、原作の『緋色のシグナル 警視庁文書捜査官エピソード・ゼロ』を読んでみました。殺人事件の現場に残された「品・蟲・轟」などの字から犯人のメッセージを読み解いていくというミステリー小説。品字様の形、特に画数の多い字は神秘的に感じられるところから、題材として選ばれたのでしょうか。差し障りがあるといけないので、小説の中身について触れるのはここまでとします。
殺人事件とは無関係ですが、新聞にも品字様の漢字はよく登場します。とはいえ、すべての品字様を見ていくわけにもいきませんので、まず使用頻度の高そうな常用漢字の「品・晶・森」と人名用漢字の「轟」を見ていきましょう。2019年1~12月の1年間の日本経済新聞朝夕刊(地方版を含む)に出現した記事数を表にまとめました。表からは字の特徴らしきものが見えてきます。
「品」は固有名詞もあれば一般用語も多く、出現記事件数は約3万件にも上りました。「森」は固有名詞で特に姓によく見られ、「晶」は姓にはなく名前に多く見られます。人名用漢字の「轟」は姓には見られるものの、今回の調査では名前は全く見当たりませんでした。2004年9月に人名用漢字に追加されたということもあり、まだ「轟」を名前に使った人が多くないということなのかもしれません。
では新聞の超1級漢字※はどうでしょうか。こちらは使用例が少ないので、採集期間を2017年1月から2019年12月までの3年間と広げ、新聞は日本経済新聞、日経産業新聞、日経MJ、日経ヴェリタスの4紙を対象としました。採集できたのは延べ60字で、字種としては7字しかありませんでした。表外字ということもあり、基本的にすべてが固有名詞で使われていて、中国関係に多いことが分かります。そして全体の約8割を占めたのが「」でした。「」については連載の第9回で触れましたが、中国ではお金がもうかることを願って「」を命名に使うのだそうで、社名や店名、人名に多く用いられているとのことです。実際、調査紙面でも人名と企業名で使われていました。
また、国内関係で一番多かったのが「喜」の崩し字である「」。この字の特徴としては「店名にも多い」(当て字・当て読み 漢字表現辞典)ということが挙げられます。採集した8件の用例にはやはり店名がありました。ちなみに写真は東京都北区で営業するウナギ料理店の看板の文字です。「」はステーキレストランの「皮(あらがわ)」で、美食家といわれたフランスの文豪・バルザックの小説『あら皮』が由来だといいます。ほかに「」は第19回で取り上げた青果店の信屋。「」は「州」の異体字になります。
一見複雑で難しそうにも見える品字様ですが、同じ字を3つ重ねているだけですので、画数が多い字でも実は簡単で覚えやすいものだといえるでしょう。店主の強い思い入れもあるのか、最近はカタカナや外国語の名前の店が増えつつあります。私のような年齢になると「あの店の名前は……」と思い出せないことがしばしば。品字様を使った店名ならば印象に残りやすく、はっきりと覚えられると思うのですが、いかがでしょうか。
※超1級漢字:JIS第1・第2水準以外の漢字のこと。筆者の造語。漢検1級の出題範囲である約6000字がJIS第1・第2水準を目安としていることから。ちなみに記事中に登場する「」はJIS第3水準だが、1級の出題範囲内。漢字検定では、異体字の「麁」(JIS第2水準)を書いても正解となる。
≪参考資料≫
麻見和史『緋色のシグナル 警視庁文書捜査官エピソード・ゼロ』角川文庫、2018年
円満字二郎『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
円満字二郎「漢字ニュースコレクション」日本漢字学会『学会通信 漢字之窓』第1巻第1号、2019年
小駒勝美『漢字は日本語である』新潮新書、2008年
笹原宏之『当て字・当て読み 漢字表現辞典』三省堂、2010年
笹原宏之『漢字の現在 リアルな文字生活と日本語』三省堂、2011年
日本漢字能力検定協会『漢検要覧1/準1級対応』日本漢字能力検定協会、2012年
原田種成『漢字小百科辞典』三省堂、1989年
≪参考リンク≫
・漢字ペディアで「晶」を調べよう
・漢字ペディアで「轟」を調べよう
・漢字ペディアで「」を調べよう
≪おすすめ記事≫
・新聞漢字あれこれ9 紙面で見つけた幸運の名前? はこちら
・新聞漢字あれこれ19 「州」を手書きすると「刕」 になる? はこちら
≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 著書などに『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林 第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。
≪記事画像≫
筆者が撮影したもの