姓名・名づけ難読漢字

新聞漢字あれこれ89 高知県の方言漢字

新聞漢字あれこれ89 高知県の方言漢字

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 毎年決まった時期、新聞に登場する漢字が「」。高知県の方言漢字とされ、JIS第3水準の「超1級漢字※」でもあります。

 「」は新聞では3月の「公示地価」、9月の「基準地価」の別刷り特集などで目にすることができ、年に2回、高知県の地域漢字が全国区になります。紙面には南国市の大(おおそね)が掲載。県内にはほかに高知市の高(たかそね)という地名もあります。

 「そね」とは、石が多くやせた土地や山の背を意味し、地名表記としては曽根、曽禰、中埣、曽根山など各地に見られるそうです。高知県の大、高も同様の意味と考えられます。

 さて、ここで問題になるのが「」の字。漢和辞典には「おきつち。道路上に土を加えること」(大漢語林)とあり、「やせち。石まじりのやせ地。そね」(同)とあるのは、似た「」のほうでした。漢字のつくりが「」と「」で酷似しているからでしょうか。笹原宏之・早稲田大学教授の『方言漢字』には「」について「南国市のこれは痩せ地という語義から見て『』という漢字から転じたのであろう」とありました。連載の第71回で取り上げた三重県の「采女」が「釆女」になったのと同じように、似た別字に置き換わったことのようです。

 『増補改訂JIS漢字字典』には地名のほか、姓の用例として「田」「田」があり、「ソネダ」と読みが示されていました。どちらも高知県に見られ、2007年秋の危険業務従事者叙勲では高知県在住の「田」姓の方が受章していた記録があります。やはり「」は高知の地域文字といえるのでしょう。ちなみに「田」姓は日本経済新聞での使用例は見つかりませんでしたが、高知新聞の記事にはありました。

 昨年11月23日に埼玉県八潮市で開催された「第4回方言漢字サミット」。現地会場とオンラインの参加者は13都府県1海外(台湾)からの142人で、私も出席しました。基調報告の笹原教授ほか5人の報告者からは「方言漢字は地域文化である」との熱い思いが伝わってきました。全国の方言漢字の聖地を巡る人もいるとのことです。コロナ禍が続き〝聖地巡礼〟をするのもなかなか難しい昨今ですが、私ももうしばらくは紙面で漢字探索をしつつ、巡礼できる日を待ちたいと思います。

※超1級漢字:JIS第1・第2水準以外の漢字のこと。筆者の造語。漢検1級の出題範囲である約6000字がJIS第1・第2水準を目安としていることから。

≪参考資料≫

小林肇「叙勲記事に見える漢字の地域性 ―新聞外字調査から―」第115回漢字漢語研究会資料、2018年
笹原宏之『方言漢字』KADOKAWA、2020年
『新潮日本語漢字辞典』新潮社、2007年
『増補改訂JIS漢字字典』日本規格協会、2002年
『大漢語林 初版』大修館書店、1992年
『地名苗字読み解き事典』柏書房、2002年
『日本国語大辞典 第二版 第八巻』小学館、2001年
『日本の地名 付・日本地名小辞典』講談社、2021年

≪参考リンク≫

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

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