新聞漢字あれこれ99 同じ読みでも意味は正反対に<後編>

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
前回は同音異義語でしたが、今回は同訓異字(異字同訓)で正反対の意味になる変換ミスを取り上げます。例文は実際の新聞記事をもとにこのコラム用に新たに作成したものです。
<例文1>
もともとサーモンはクセのある匂いがないとされ、欧米で好まれてきた。近年の需要増加の背景には、食味だけでなくSDGs対応への評価がある。海外の水産業界では環境団体や小売事業者などの働きかけで、自然環境への配慮に関する認証の取得が活発だ。
<例文2>
政府は新興企業の成長を阻害しないよう、出資者との不当な契約から守る指針案を示した。出資者が新興企業に出資の引き上げを示唆して、特許などの無償譲渡を求めるといった不当な契約を問題視した。
<例文3>
コーヒーブームの影響で、缶コーヒーも豆や香りにこだわる高級路線の商品が増えている。飲み口の大きなボトル缶は空けた時の香り立ちが良い。一度に飲みきる必要がないので持ち歩きにも向いている。
<解答1>
「匂い」は「良いにおい」のことなので、例文は「臭い」と直すべきもの。かつて新聞では「におい」は平仮名書きにしていたため、漢字の使い分けをしていませんでした。それが2010年に「匂」が常用漢字表に入り、「シュウ/くさい」の読みしかなかった「臭」に「におう」の訓が加わったため、使い分けが必要になったのです。これについては連載の第51回でも取り上げています。
<解答2>
出資をやめる意味なので、「引き揚げ」とするのが正解。「引き上げ」では出資比率を引き上げることになり、増資する意味になってしまいます。この語は新聞では見出しにとられることが多く、特に要注意です。
<解答3>
香り立ちが良いわけですから、缶は「開けた」ばかりで中にコーヒーが入ったまだ飲んでいない状態のはず。「空けた」では、飲み干したことになり、香りもあまり立たないでしょう。この手の間違いはよくありまして、連載の第50回で「空・開・明」の使い分けを取り上げた際に、似た事例を紹介しました。
2回にわたり、読み手に文意が逆にとられかねない変換ミスを示しました。同様の例はほかにもあるはずです。じっくり読めばいずれも防げる誤りですが、チェックの網をくぐり抜けてしまうものも少なくありません。誤字を防ぐため、校閲記者はミスの起こりやすいポイントを押さえつつ、繰り返し文を読み続けなければなりません。
≪参考リンク≫
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。