姓名・名づけ難読漢字

新聞漢字あれこれ115 新種のエビを発見しました!

新聞漢字あれこれ115 新種のエビを発見しました!

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 2月上旬。4月からの企業人事の発表が続くなかで、新聞で初めて見る字がありました。「鮱」という字で、JIS第4水準で私が「超1級漢字」と呼ぶ珍しい字です。

 「鮱」については、この日の人事記事の校閲担当者から字の有無を問われ、日本経済新聞のフォントには無い字のため作字をするようにと伝えました。「魚」と「老」の組み合わせを見て、何となく「えび」と読むのではないかと推測していたところ、鮱原(えびはら)さんと読む姓ということが分かりました。

 連載の第35回では、新聞から採集した姓名に使われる「えび」と読む字を紹介。そこでは「海老」「蛭」「蛯」「蝦」「魵」の5種でしたが、今回、新たに「鮱」を〝発見〟することができ、まだまだ知らない字があるのだなあと、あらためて思ったしだいです。

 『新潮日本語漢字辞典』などによれば、「鮱」は国字で「ぼら」と読み、海水魚の「鯔」と同じとされます。『増補改訂JIS漢字字典』の人名音訓の用例には「鮱原」は無く、「鮱名(エビナ・姓)」と「河鮱(カワバタ・姓)」が載っていました。環境依存文字であるため、他紙を含めて記事データベースで検索しても少数の用例しか見つかりませんが、「鮱名」「河鮱」とも宮城県関係の記事にありました。地域特有の字ということなのでしょうか。「鮱原」については今回の人事記事しか情報がなく、希少姓だということ以外は分かりません。

 こうした珍しい字を見つけると、何だかうれしくなるときがあります。ならば、漢和辞典や漢字字典をずっと眺めていればいいではないかと思われるかもしれませんが、そうではなく、実際に使用例を見てその字が生きて使われていることを実感するところがいいのです。全国にある方言漢字の〝聖地巡礼〟をする熱心な人たちがいますが、気持ちとしては近いところがあるのではないかと思っています。

※超1級漢字:JIS第1・第2水準以外の漢字のこと。筆者の造語。漢検1級の出題範囲である約6000字がJIS第1・第2水準を目安としていることから。
※作字:印刷用の活字や文字フォントを作ること。また、パソコンなどに登録されていない文字を作成すること。(大辞林から)

≪参考資料≫

笹原宏之『国字の位相と展開』三省堂、2007年
『国字の字典 新装版』東京堂出版、2017年
『新潮日本語漢字辞典』新潮社、2007年
『増補改訂JIS漢字事字典』日本規格協会、2002年
『ビジュアル「国字」字典』世界文化社、2017年

≪参考リンク≫

「日経校閲ツイッター」 はこちら
漢字ペディアで「蛯」を調べよう

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

≪記事画像≫

m+n工房/ PIXTA(ピクスタ)

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