不思議な漢字①一画足りない!「乒乓」の正体とは?

こんにちは!漢字カフェ担当のカンキツです。
常用漢字の「兵」「甲」「由」は馴染み深い漢字ですが、それらとは微妙に見た目が異なる「乒」「乓」「曱」「甴」という漢字が存在することをご存じでしょうか?そんな不思議な漢字たちを、今回は個人で漢字字典の執筆活動をされ、SNSでも漢字に関する話題を発信されている竹澤雅文さん(拾萬字鏡@JUMANJIKYO)に3回に分けて解説頂きます!
日本でも使われた「乒乓」
著者:竹澤雅文(X名義「拾萬字鏡@JUMANJIKYO」)
現代漢語では卓球を「乒乓球」と綴る。しかし、曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』第104回に出てくる「乒乓」は「ヨロヨロ」と読ませている。江戸時代の文学の中には明清の時代の中国文学に使われる俗字や当て字が借用される場合があり、これもその一例といえる。ちなみに馬琴の『近世説美少年録』の中には「乒乓(よろめ)く」という例があるようだ。「兵」が片足を失って右へ左へとよろめいているようにも見えるこの当て字は日本の文学界隈でちょっと流行ったようで、馬琴以外にも古川新水(『関東俠客伝』)や尾崎紅葉(『五調子』)などの作品の中でも「よろめく」「たじろぐ」などの意味で用いられた。大正の頃までは文学にも用例があるようだ。
一方中国では明末の『湛然圓澄禪師語録』に激しい雨の音を表すのに「乒乓」を用いた例がある。卓球の「乒乓(ping-pang 声調はここでは省略する。以下同)」とはやや違う音でpang-pengのように読んでいたことも分かった。同じく明代の『合併字学篇韻便覧』(1606年)は「乒乓」にそれぞれping-paと読める音注が施されていた(字義は示されておらず不明である)。また、W.H.Medhurstの『Dictionary of the HOK-KËÈN diarect』(1832年)では“to stamp with the foot in walking”(足を踏みならす音)と解釈されていた。「(bing-beng)」(地を踏む音) と同義で音が近いためこの熟語と語源が同じであるかもしれない。いずれの例も現代漢語と同様に「兵(bing)」の字音を意識した読みとなっている。他にも明治初期ごろまでに書かれたと思われる『奇字抄録』(関西大学東アジアデジタルアーカイブ)を参照すると「乒乓」の中国での用例が多数例示されており、卓球が漢字圏に伝わる以前から中国や日本でさまざまな意味で使われていたことがわかる。
次回、第2弾は「甲」「由」によく似た「曱」「甴」について解説頂きます。(10月16日(水)公開予定)
≪参考文献≫
山口翔平(2023)「『童子字尽安見』「理義字集」について―「世話字尽」「節用集」との比較を中心に―」国文学107号(関西大学国文学会)p.236-254、2023.3
笹原宏之(著)『漢字は生きている』東京新聞、2021 第3刷
日本漢字学会(編)『漢字系文字の世界 字体と造字法』花鳥社、2022
≪著者紹介≫
竹澤雅文(たけざわ・まさふみ)
栃木県出身。1997年生まれ。岐阜大学を出、現在は在野研究者。ツイッター(X)では「拾萬字鏡」(@JUMANJIKYO)の名で漢字に関する話題を発信。16 歳のときに漢字字典を書き始め、現在も仕事のかたわら字典を執筆。現在約1,600 ページの原稿ができており、親字99,172 字を収録予定で進行中。