新聞漢字あれこれ164 「正しく」読めて見落とすことも

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
校閲をしていて、これはわななんじゃないかと思わせるような誤字に当たることがあります。そのうちのひとつが「賃借対照表」です。
連載の第82回でも取り上げた「貸借対照表」の「貸借」が「賃借」になっている間違い。「たいしゃくたいしょうひょう」と正しく読めるからこそ、似た字の「賃借(ちんしゃく)」が紛れ込んでいると、見落としてしまうということが起こりえます。
誤りの原因は、書き手(入力者)が「貸借対照表」を「賃借対照表」と思い込んでいたり、よく知らないため「貸借」を「賃借」と間違えたりすることですが、校閲担当者も1文字ずつチェックしているつもりでも、先入観や元から持っている知識で補完し頭の中で「正しく」読んでしまい、見落としが発生するわけです。
上の画像は財務関係の記事に付けられた見出しで、2回目のチェックで何とかミスを防ぐことができ、ほっとしました。貸借対照表を読み込む(理解する)ための方法を解説する記事だったのですが、それが「賃借対照表の読み方」では、見出しを付けた本人が「貸借対照表の読み方」を知らないことになります。こんなものが紙面化しては、しゃれにもなりません。『マスコミ用語担当者がつくった 使える!用字用語辞典』の「たいしゃくたいしょうひょう」の項目には「×賃借対照表」とあるので、それだけ間違いやすい語であるともいえるのですが……。
新聞記事をチェックしていると「賃借」と「賃貸」を間違える事例もよく見られます。貸す側と借りる側の取り違えから起きるミスです。「リースで店舗などの不動産を賃貸している小売業界」などは、文をよく読まないと「賃借」の間違いだと気づかず、誤りを通してしまいそうです。
何はともあれ、「よく見て、よく読む」の繰り返しが校閲の基本。自分の常識を疑うことは当然のことですが、他人の常識を疑うことも、わなに陥らないために必要になることがあります。
次回、新聞漢字あれこれ第165回は3月19日(水)に公開予定です。
≪参考資料≫
『マスコミ用語担当者がつくった 使える!用字用語辞典』三省堂、2020年
≪参考リンク≫
「日経校閲X」 はこちら
漢字ペディアで「賃借」を調べよう
漢字ペディアで「貸借」を調べよう
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。