まぎらわしい漢字姓名・名づけ

新聞漢字あれこれ198 「瓦」・「亙」 似た字と、思い込みと…

新聞漢字あれこれ198 「瓦」・「亙」 似た字と、思い込みと…

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語委員)



 その字の存在を知らないと、似た字と間違うことがあります。字に詳しくても、思い込みからうっかり誤字を見逃すことも。「瓦」と「亙」で、かつてこんなことがありました。

 2016年5月の話。ある企業で社長に就任する人物の名前が、校閲をする段階で「瓦」になっていたことがありました。正しくは「わたる」と読んで「亙」のはずなのですが、記事を書いた記者が「亙」という字を知らなかったのでしょう。似た「瓦」で出稿されてきたのです。
 ご存じのとおり「瓦」は常用漢字で「かわら」「ガ」と読みます。一方の「亙」は人名用漢字。人名用漢字別表で「亙」は「亘」と同一の字種であると示されています。新聞では同一の字種がある場合、「新聞用語懇談会の人名用漢字の字体に関する申し合わせ」により、『表外漢字字体表』掲載の「人名用漢字の字体一覧」に掲げられた字体のほうを使用する原則で、「亙」は使わず「亘」を使用することになっています。
 その時の校閲担当者は、経験のまだ浅い人とベテランの2人一組でした。経験の浅い人は「瓦」でよいと思い、ベテランは「瓦」を本来は正しい「亙」のつもりで、「亘」に直すようにと指示をしていたのです。双方、なかなか話がかみ合わないと思ったら、「亙」が「瓦」になっていたことが判明し、最終的に「亘」で新聞に載りました。
 ちなみに、「亘(セン)」と「亙(コウ)」はもともとは別字で「古くから混用されている」(新潮日本語漢字辞典)こともあって、現在の人名用漢字別表では同一字種と扱われているものです。
 書き手やチェックする側それぞれの段階での知識不足や思い込みで混乱した事例でした。当時、この経緯を見て「そもそも名前に『瓦』の字は使わないよなあ」と思っていた私でしたが、それも「思い込み」であることが最近になって分かりました。
 笹原宏之・早稲田大学教授編著『実例で読み解く 名前の漢字辞典』(大修館書店)の「瓦」の項目に「たま」と読む実例が示されていたのです。同辞典は日本漢字能力検定受検者の名前から、約849万件、平均年齢23歳の実例データを分析したもの。「瓦」を使った名前の人は少数だとは思いますが、実在するわけです。「使わない」との決め付けはよくないと反省したしだいです。
 2023年に「亙」の名前の人と名刺交換をしたことがあります。恐る恐る「変なことを聞きますけど、『瓦』に間違えられたことはありませんか」と尋ねると、やはり「ありました」とのこと。みなさん、思い込みは誰にでもあるものです。気をつけましょうね。

次回、新聞漢字あれこれ第199回は10月14日(水)に公開予定です。

≪参考資料≫

『新しい国語表記ハンドブック 第十版』三省堂、2026年
『実例で読み解く 名前の漢字辞典』大修館書店、2026年
『新潮日本語漢字辞典』新潮社、2007年
『新聞・放送用語担当者完全編集 使える!用字用語辞典第2版』三省堂、2025年
『新聞用語集 2022年版』日本新聞協会、2022年
『人名の漢字語源辞典 新装版』東京堂出版、2021年
『増補改訂JIS漢字字典』日本規格協会、2002年
『似て非なる漢字の辞典』東京堂出版、2000年
『表外漢字字体表』国語審議会答申、2000年
『部首ときあかし辞典』研究社、2013年


≪参考リンク≫

「日経校閲X」 はこちら

漢字ペディアで「亙」を調べてみよう
漢字ペディアで「瓦」を調べてみよう
漢字ペディアで「亘」を調べてみよう

≪おすすめ記事≫

新聞漢字あれこれ190 「瞳・曈」 誤字の記憶を継承 はこちら
新聞漢字あれこれ130 「そっくり漢字」にだまされて… はこちら
新聞漢字あれこれ129 「そっくり漢字」と思い込み はこちら

≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語委員

1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。記事審査部次長、研修・解説委員、用語幹事などを経て現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。専修大学国際コミュニケーション学部協力講座講師。漢検 認定エキスパート講師。漢字教育士。

著書に『新聞・放送用語担当者完全編集 使える!用字用語辞典 第2版』(共編著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『日本語ライブラリー 文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。日経BizGateで『誰かに話したくなるビジネス日本語』、三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。



記事を共有する