まぎらわしい漢字姓名・名づけ

新聞漢字あれこれ130 「そっくり漢字」にだまされて…

新聞漢字あれこれ130 「そっくり漢字」にだまされて…

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
 前回に続き、今回も「そっくり漢字」を取り上げます。情けないことに「そっくり漢字」のミスを見落としてしまったのです。反省の意味を込めて……。

 9月下旬のこと。朝刊の校閲をしていて、ある証券会社のアナリストの名前にある字がであるべきところ、似た字のになっていたのでした。早版はのまま紙面化。電子版を担当していたベテラン校閲記者が誤字に気づき、後の版でに修正しました。

 。どちらもコウと読み、同じ糸偏で旁(つくり)が「厷」と「広」でそっくりです。人名用漢字のに対し、は常用漢字でも人名用漢字でもないため、現在は名付けには使えません。人名にがあれば、まずの誤りではないかと校閲記者ならば疑うものですが、老眼が影響したのかに見えてしまい読み飛ばしていました。

 はJIS第2水準の字で、(JIS第3水準)の異体字に当たります。なぜ異体字ののほうがJIS基本漢字に入ったのかというと、人名での使用頻度が高かったからのようです。『JIS X 0208:1997附属書7(参考)区点位置詳説』によれば、「人名を典拠として採録された」とあり、NTT電話帳データ(1996年現在)に人名で3389件の用例があったとのことです。1948年の改正戸籍法と戸籍法施行規則の施行により命名に使える漢字が制限される以前は、名前にを使うことが多かったのでしょう。

 が名付けに使えなくなってから75年。当然ながら人の目に触れる機会は減り、字の存在自体も知られなくなってきました。若い記者がと混同して記事を書いてくるのも仕方がないのかもしれません。だからこそ、校閲をする段階できちんとミスを救わなければならなかったのですが……。

 実はミスの起きた記事では、アナリストが所属する企業名が「〇〇證券」と旧字が使われていました。新聞では原則、固有名詞でも旧字は常用漢字に直すことになっているので、「〇〇証券」と修正したのでした。言い訳がましいですが、注意が「證」の字に向いてしまったのも見落としの一因ではあります。

 「赤字のそばに赤字あり」。校正・校閲で直しを入れることを「赤字を入れる」と言いますが、赤字を1つ入れるとその近くにある誤字をつい見落としてしまうことがあります。集中して読んでいるつもりでも、油断が出てくるのでしょう。あらためて気を引き締めたいと思います。

次回、新聞漢字あれこれ第131回は11月8日(水)に公開予定です。

≪参考資料≫

『新潮日本語漢字辞典』新潮社、2007年
『増補改訂JIS漢字字典』日本規格協会、2002年

≪参考リンク≫

「日経校閲X(旧ツイッター)」 はこちら

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

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