新聞漢字あれこれ102 「傳」と「傅」見分けるポイントは点の有無
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
似た字の誤りはよくあるものですが、8月の初めに「傅」を「傳」に間違う事例がありました。
核拡散防止条約(NPT)の再検討会議に関する記事で、傅聡・中国軍縮局長の姓を傳と間違ったまま電子版で2時間ほど公開してしまったのです。校閲グループのベテラン記者が公開後チェックですぐに気づき、直しました。
この2字を見分けるポイントは、右上に点があるかないかです。傳は伝の旧字で、字を分解すると「にんべん」と「專」。專は専の旧字体です。傅は主に「フ」と読み、右上の「甫」が音符になります。傅をフと読めれば、傳と取り違えることはないと思うのですが、特に音符を意識することなく、似た漢字が選ばれてしまうことはよくあります。
漢字の書き取り問題で「専」の右上部分に点を打つかどうか迷ったことはありませんか。私は高校生の時に通っていた予備校の先生が「ハ行音の時は点が必要です」と言っていたのを聞き、以後は迷うことはなくなりました。専(セン)・恵(ケイ)に対し、博(ハク)・薄(ハク)・敷(フ)・補(ホ)・簿(ボ)などハ行音の字は確かに点があります。いずれも部分字形は「甫」に関係しています。高校の頃は漢字の音符のことなど考えたことはありませんでしたが、校閲の仕事を始めてから、先生の言ったことの意味がよく分かりました。ちなみに穂は「ほ」と読みますが、これは訓読みなので点は不要です。音読みは「スイ」になります。
十数年前に「康師傅(カンシーフ)控股」という台湾系中国企業の名前が、例によって「康師傳」と間違っている記事があり、担当する校閲記者が旧字を常用漢字に直すルールにのっとり「康師伝」としてしまったことがあります。幸いこの時は先輩記者が「伝じゃない!」と気づき、事なきを得ました。
7月23日、東洋大学日本文学文化学会の大会で「ことばに魅せられて~校閲記者の30年~」と題する講演をしてきました。最後に、校閲記者を続けてきて思うこととして「人は同じ間違いを繰り返す」と話しました。ここで言う人とは、同一人物ではなく異なる人のことで、複数の人で同じ間違いを何度も繰り返しているとの趣旨です。誤字との付き合いには根気が必要だとあらためて感じるこのごろです。
≪参考資料≫
『漢字小百科辞典』三省堂、1989年
『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
『常用漢字表(平成22年11月30日内閣告示)』文化庁文化部国語課、2011年
≪参考リンク≫
漢字ペディアで「伝(傳)」を調べよう
漢字ペディアで「傅」を調べよう
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。