新聞漢字あれこれ192 声を「あらげる」?「あららげる」?
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語委員)
怒るなどして声を荒立てることを「声をあらげる」「声をあららげる」と言いますが、みなさんはどちらを使いますか。調査によれば、「あらげる」派が多数となるそうです。
民放の経済ニュース番組を見ていたとき、アナウンサーが「トランプ大統領が声をあらげた」と言っていました。新聞校閲をする立場からすると「声をあららげた」としたいところですが、放送では「声をあらげた」「声をあららげた」のどちらを使ってもよいとされています。
『新聞用語集 2022年版』では放送で標準とする読み方例に「荒らげる」の項目があり、「○アララゲル〔『アラゲル』とも言うが本来は『アララゲル』〕」と説明をしています。「あららげる」は、乱暴な様子を表す「あららか」という形容動詞の語幹から派生して生まれた語で、「あららげる」が本来の言い方となり、「あらげる」は許容される言い方といってよいでしょう。
とはいえ、話し言葉としては本来の「あららげる」よりも許容の「あらげる」のほうが主流になっているようです。NHK放送文化研究所が行った全国調査(1991年)によると「あらげる」と言う人が77%で、「あららげる」は19%。文化庁国語課の「国語に関する世論調査」(2021年度)では「あらげる」を使う人が79.7%で、「あららげる」は12.2%という結果となっていました。だいたい8割が「あらげる」と言ったり読んだりしているというわけです。NHKでは調査結果をもとに1991年9月の放送用語委員会で「あらげる」も認める決定をしています。『新聞用語集』では1996年版から「アララゲル」「アラゲル」とも標準とする読み方として掲載するようになりました。
これに対し、新聞は書き言葉として「あららげる」だけを基準とし、漢字を使って「荒らげる」と表記しています。ただし、新聞側としては「あららげる」と読む前提で「荒らげる」とは書いているものの、読者側が果たして「あららげる」と読んでくれているかはまた別な問題です。常用漢字表で「荒」の音訓・例を見ると、形容詞の「あらい」は「荒い」で、動詞の「あれる」「あらす」は「荒れる」「荒らす」となっています。つまり「荒」の訓には「あら」と「あ」があるわけです。「荒れる」「荒らす」の類推から「荒らげる」を「あらげる」と読む人がいてもおかしくはありません。
実際、「あらげる」のほうが言いやすいのか、これが正しいと思っている記者が「荒げる」と書いてくることがよくあります。そのため日本経済新聞の記者端末では「あらげる」と入力すると、「荒げるとはしない」との注意が表示されるようにしてあります。
30年くらい前だったでしょうか。朝刊1面コラムで「荒ららげる」となっていたことがありました。これは「あららげる」という本来の言い方を知ってはいたのに、送り仮名を誤ったケース。「荒らげる」の「ら」の脱字には敏感であるはずの校閲記者も、「ら」の衍字には気づけなかったようです。
次回、新聞漢字あれこれ第193回は7月8日(水)に公開予定です。
≪参考資料≫
神永曉『悩ましい国語辞典―辞書編集者だけが知っていることばの深層―』時事通信出版局、2015年
関根健一『なぜなに日本語 もっと』三省堂、2019年
読売新聞校閲部『日本語「日めくり」一日一語』中央公論新社、2003年
『NHK 日本語発音アクセント新辞典』NHK出版、2016年
『言葉に関する問答集 総集編 7刷』全国官報販売協同組合、2017年
『常用漢字表』文化庁文化部国語課、2011年
『新聞・放送用語担当者完全編集 使える!用字用語辞典 第2版』三省堂、2025年
『新聞用語集』日本新聞協会、1996年
『新聞用語集 2022年版』日本新聞協会、2022年
『放送研究と調査 1991年11月号』NHK出版、1991年
『令和3年度 国語に関する世論調査』2022年
≪参考リンク≫
「日経校閲X」 はこちら
漢字ペディアで「荒」を調べてみよう
≪おすすめ記事≫
新聞漢字あれこれ183 気になる「出生」の読み方 はこちら
新聞漢字あれこれ155 「一段落」をどう読むか はこちら
新聞漢字あれこれ173 「奇」の読み方が気になります はこちら
≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語委員
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。記事審査部次長、研修・解説委員、用語幹事などを経て現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。専修大学国際コミュニケーション学部協力講座講師。漢検 認定エキスパート講師。漢字教育士。
著書に『新聞・放送用語担当者完全編集 使える!用字用語辞典 第2版』(共編著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『日本語ライブラリー 文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。日経BizGateで『誰かに話したくなるビジネス日本語』、三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。