新聞漢字あれこれ53 企業名に隠れた漢字を探る

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
8月に刊行した『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』。「読み物としても面白い」という声があると、編著者の一人としてうれしく思います。この辞典では誤りやすい企業名のほか、社名変更した企業なども載せていまして、片仮名やアルファベットの社名に隠れる旧称や漢字表記を探っていくこともできます。辞典の項目をいくつか見てみましょう。
ブリヂストン 日本企業。*創業者・石橋正二郎(1889~1976)の姓を英語で直訳したstone bridge の前後を入れ替えたもの。ブリジ×ストン
この項目は「ブリ【ヂ】ストン」を「ブリ【ジ】ストン」と誤りやすいことから辞典に収録したものです。社名には創業者の姓「石橋」が隠れています。ほかに、スポーツ用品のミズノ。新聞では「ミズノ」と表記しますが、登記名は「美津濃」で、創業者の姓は「水野」です。両社とも片仮名に創業者名があるというわけです。ほかに著名なところではトヨタ自動車(豊田)やホンダ(本田技研工業)なども挙げられます。
デンカ 日本企業。*2015 年に「電気化学工業」から社名変更。
デンカといえば、新型コロナウイルス感染症の治療効果が期待される抗インフルエンザ薬「アビガン」の原料を生産する企業として話題になりました。もとは電気化学工業という社名で、2015年に略称だった「デンカ」を正式社名にしています。こうした略称を社名にする企業はほかにもありまして、クレハ(呉羽化学工業)、グンゼ(郡是製絲)、シキボウ(敷島紡績)、ニチレイ(日本冷蔵)などは皆さんもよくご存じでしょう。
ディーエイチシー DHC 日本企業。*登記名は「ディーエイチシー」。DHC は旧社名「大学翻訳センター(Daigaku Honyaku Center)」の略。
TOTO(東洋陶器)は知っていても、化粧品やサプリメントのDHCが大学翻訳センターだったとご存じの方は少なかったのではないでしょうか。同社は初め大学の研究室向けに洋書の翻訳をしていて旧社名を大学翻訳センターといい、それを略したのがDHCなのです。ほかにTDK(東京電気化学工業)、IHI(石川島播磨重工業)といった企業もありますね。
すべての項目を紹介するわけにもいきませんので、主なものをいくつか並べてみました。事業の多角化などにより、従来の漢字だけでは会社全体を表現しきれなくなった企業が増え、社名変更も増えました。校閲をしていると名称変更の多さに悩まされることもあり、辞典にこうした項目を立てたしだいです。企業名を遡っていくのは意外に面白く、ついつい記述が長くなってしまったものもありました。片仮名やアルファベットに隠れる漢字表記。興味のある方はぜひ調べてみてください。何か発見があるかもしれません。
≪参考資料≫
前田安正・関根健一・時田昌・小林肇・豊田順子『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』三省堂、2020年
≪参考リンク≫
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 著書などに『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林 第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。
≪記事画像≫
三省堂『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』から