気になる日本語漢字の使い分け

新聞漢字あれこれ86 「手当て」と「手当」で大違い

新聞漢字あれこれ86 「手当て」と「手当」で大違い

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 さて問題です。新聞の見出しで「消えゆく正社員の手当て」とあった場合、どういう意味になると思いますか。

 新聞・通信各社の用字用語集では「てあて」について、次のような使い分けを示しています。送り仮名「て」の有無により、意味が変わります。

てあて
 =手当て〔治療・対策など〕傷の手当て、財源の手当て
 =手当〔報酬〕期末手当、児童手当

 「手当て」は動作性がある場合で治療や対策などの意味になり、「手当」は金銭的報酬と考えればいいでしょう。冒頭で示した「消えゆく正社員の手当て」という見出しを、私は初め「正社員が会社を何らかの事情で辞めた後、代わりの人が補充されないこと」なのだと思いました。ところが記事の中身は「非正規社員に正社員と不合理な待遇差をつけることを禁じた『同一労働同一賃金』の導入で、正社員の手当を削る企業が増えている」という話。「て」の有無で全く違う意味になるケースでした。

 これは、同じ部署の者が書いた業務報告にあった事例です。私たち校閲記者は「手当・手当て」とあれば、まず「て」の有無と記事の内容との整合性を見ます。経験が長くなると条件反射のように直しているわけですが、多くは単純なルール違反のようなものばかりで、まれに今回のような意味が全く違ってとれるものもあるわけです。

 似たような使い分けをほかにもいくつか見ていきましょう。

うけつけ
 =受け付け〔一般〕受け付け開始、受け付け中
 =受付〔人・所・係〕受付係

 外部からの訪問客を受け付ける場所は「受付」と送り仮名がない表記を見ることが多いですね。この文も「受け付ける」動作と、場所の「受付」を使い分けています。

かんづめ
 =缶詰め〔動作性・比喩的用法〕缶詰め作業、ホテルに缶詰めになる
 =缶詰〔製品〕缶詰工場、サバの缶詰

 動作性があるかないかで、送り仮名の有無が決まります。「かんづめ」に対して「びんづめ(瓶詰め・瓶詰)」も同様の使い分けをしていますが、「缶詰め」と違い「瓶詰め」を比喩的に使うことはまずありません。

としより
 =年寄り〔一般〕年寄りの冷や水
 =年寄〔相撲、幕府の役職〕年寄株

とりくみ
 =取り組み〔一般〕仕事への取り組み
 =取組〔相撲〕幕内の取組

 どちらも相撲関係でよく見る語です。一般用語と相撲などの専門用語で使い分けをしているとも言えそうです。

やまづみ・さんせき
 =山積み〔主に具体的〕商品が山積みされる
 =山積〔主に抽象的〕課題・問題が山積する

 こちらはほかの語とは違い、送り仮名に加え、読み方も異なります。ただ、意味は同じであるため、厳密に使い分けるのは難しいかもしれません。

 こうした送り仮名の有無を読者の皆さんはどう思っているのでしょうか。そのあたりが気になります。ぜひ教えてください。

≪参考資料≫

『朝日新聞の用語の手引〔改訂新版〕』朝日新聞出版、2019年
『記者ハンドブック 第13版 新聞用字用語集』共同通信社、2016年
『産経ハンドブック 平成24年版』産経新聞社、2012年
『最新 用字用語ブック[第7版]』時事通信出版局、2016年
『NIKKEI用語の手引 2017年版』日本経済新聞社、2016年
『2019年版 毎日新聞用語集』毎日新聞社、2019年
『読売新聞 用字用語の手引 第6版』中央公論新社、2020年
『NHK 漢字表記辞典』NHK出版、2011年
『新聞用語集 2007年版』日本新聞協会、2007年
『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』三省堂、2020年

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「手当」を調べよう
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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

≪記事画像≫

horiphoto / PIXTA(ピクスタ)

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