気になる日本語漢字の使い分け

新聞漢字あれこれ77 貯金の底は「突く」か「尽きる」のか

新聞漢字あれこれ77 貯金の底は「突く」か「尽きる」のか

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 夕刊のあるコラムで見出しが「貯金が底を尽き」とあったのですが、「貯金が底を突き」とすべきものでした。貯金の底は「突く」か「尽きる」ものなのか。

 この見出しが伝えたかったのは、貯金が無くなりゼロになること。ならば「尽き」でいいではないかと思われるかもしれませんが、貯金の「底」となれば「突き」とするのが正解になります。

 「尽きる」は「基本的な意味は、〝すべてがなくなる〟こと」(漢字ときあかし辞典)。貯金がなくなることを言いたいわけなら「貯金が尽き」で十分で「底」は不要になります。一方、「突く」の基本的意味は「〝ある部分だけが飛び出ている〟ことを表す」(同)ものですが、「底を突く」で慣用句になり「①全部なくなる。空になる。②取引で、相場が下がり切って、もう下がらない状態になる。」(大辞林)意味になります。よって夕刊の見出しは「底を突き」とすべきものでした。

 考え方としては「貯金が底を尽き」では、貯金の底(限度)がなくなることになってしまいますから、いくらでもあることになり、意味が正反対になってしまいます。文字の並びをぱっと見ただけでは正しいような表現も、よくよく考えてみると間違いだということがよくあるのです。ちなみに、『明鏡国語辞典』は「底を突く」の語釈の後に「『つく』を『尽く』と書くのは誤り」と注意書きしています。

 証券記事の校閲で「底」といえば、「底堅い(取引で、相場が下がりそうな気配を見せながらも意外に下がらない)」と「底固め(相場が下がるだけ下がって、もうそれ以上下がる余地のなくなったところでもみあっている状態)」の「」の使い分けをまず意識します。また、株価は「底を突き」ますが、底値となれば「付ける」になります。底値は「一番低い値段が付くこと」なので、同じ底でも「底値を付ける」。「堅・固」と「突・」に「尽」も含め、適切な字の選択が求められます。

 校閲をしていると、読者に伝わるようで実は伝わらない表現によく出合います。当たり前のような言い方でも一歩立ち止まって考えると、間違いが見えてくることがあります。チェック時間は無尽蔵ではありませんが、堅い校閲で新聞の信頼を固める努力を怠らないように努めたいものです。

≪参考資料≫

『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
『大辞林 第四版』三省堂、2019年
『明鏡国語辞典 第三版』大修館書店、2021年

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「突」を調べよう
漢字ペディアで「尽」を調べよう
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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。
2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

≪記事画像≫

C-geo/PIXTA(ピクスタ)

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