まぎらわしい漢字漢字の使い分け

新聞漢字あれこれ88 深堀りのニュースって何?

新聞漢字あれこれ88 深堀りのニュースって何?

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 さて、いきなりですが見出しの誤字に気づきましたか。「深りのニュース」ではなく「深りのニュース」が正解です。この手の間違いはよくあります。

 (クツ・ほる)と(ほり)はどちらも常用漢字。部首が手偏と土偏で異なる字です。は「部首『扌』は『手』の変形で、〝動作〟を表す記号」(漢字ときあかし辞典)なので動詞「ほる」になり、は「日本では『堀』は〝人工の水路〟の意味でしか用いない」(同)と考えれば、使い分けに迷うことはないでしょう。

 見出しの「ふかぼり」は、ニュースを掘り下げる動作を表すので「深りのニュース」になるわけです。ではなぜ「深り」と間違うことがあるのか。パソコンを使い「ふかぼり」とキーボードを打ち、変換キーを押すと「深り」「深彫り」と変換候補が出てきます。これは「」「彫」と字の違いがはっきり分かるので選び間違うことはまずありません。さらにもうひとつ変換候補に挙がる「深」が実は〝くせもの〟なのです。

 「深」は姓や地名などの固有名詞で使われていますので変換候補に挙がります。「深り」と入力したい人が「深」を選択した際に、「『り』が足りない」と思い、つい「り」を補って「深り」としてしまうようなのです。正しく直そうとした行為が、変換しないはずの「深り」表記を生み出していると考えられます。字形も似ているので、慌てているとこんなことが起きるようです。

 長く校閲をしていると、姓など固有名詞ではが圧倒的に多いと感じます。ただ、の姓や地名もまれにありますので、ひとつひとつきちんと確認しなければなりません。『増補改訂 JIS漢字字典』には、姓として田、赤、夏が、地名として切、田などが用例として挙げられていました。「固有名詞はだけ」という思い込みも頭から排除する必要があります。

 かつて「時代の感度鋭くニュースを深りしてお届けします」とうたうサイトを見たことがあります。これではきちんとニュースを掘り下げられるのか、読み手が不安になってしまいますよね。文字情報に誤字が1つあるだけで、それまで積み上げてきた信用を失うことが起きうるのです。

≪参考資料≫

円満字二郎『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
円満字二郎『漢字の使い分けときあかし辞典』研究社、2016年
『増補改訂 JIS漢字字典』日本規格協会、2002年
『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』三省堂、2020年

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「掘」を調べよう
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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

≪記事画像≫

genki / PIXTA(ピクスタ)

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