新聞漢字あれこれ112 「奇麗」は「きれい」な書き方か?
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
大学生のリポートを読んでいて、やっぱりそうかなあと思う漢字の使い方がありました。「季節の花や木々などは変わらず今年も綺麗に咲いて……」。新聞で「きれい」を漢字で書く場合は「奇麗」としています。
新聞では「綺」が常用漢字ではないため、「綺麗」とはせず、「奇麗」と漢字表記するルールになっています。とはいえ「奇麗」は新聞が勝手に作った表記というわけではありません。「当て字ではなく、両者ともに古代中国から使われてきた」(当て字・当て読み漢字表現辞典)もので、新聞では常用漢字で書き表す「奇麗」のほうをとっているということです。国語辞典にも「綺麗」「奇麗」とも見られます。
新聞の「奇麗」を一般の人たちはどのように考えているのか。学生のリポートを読んでから気になり始め、日経校閲ツイッターでアンケートをとってみました。美しい意味の「きれい」について最もしっくりくる表記を「きれい」「キレイ」「奇麗」「綺麗」の中から1つ選ぶ質問で、回答は2570票集まりました。(アンケート結果はこちら)。
結果は「綺麗」(54.5%)と「きれい」(40.7%)が拮抗したのに対し、「奇麗」は1.6%とごく少数にとどまりました。「綺」に「美しい」意味があり、「奇」には「優れている」「貴重な」といった意味があります。これならばどちらの字を選んでもよいと思われますが、「奇」には「怪奇」「奇声」「奇妙」などマイナスなイメージを持つ使い方もあります。アンケートからは「綺」を好むというよりは「奇」の負の印象を避けたいという思いが見えてきました。
新聞用語懇談会編『新聞用語集 2022年版』の「きれい」の項目では「奇麗」だけを示していますが、日本経済新聞社では1985年版の用字用語集から「きれい、奇麗」とし、現在に至っています。当時の用語担当者が「奇麗」と書きたくない人の気持ちをくんだのではないかと推察できます。記事データベースで2022年の日本経済新聞での使用例を見ても、「奇麗」の1%に対し「きれい」のほうが99%と圧倒的に多い結果となっていました。
アンケート結果や実際の使用例を踏まえれば、「きれい」に表記統一してもいいでしょう。将来的にはそうなるかもしれません。ただ、用語担当者として「奇麗」も正しい(間違っていない)表記であるということを示しておきたい気持ちもあります。日本経済新聞社では2023年版の『用語の手引』を編集しているところですが、現状の「奇麗・きれい」のままとする方針です。
≪参考資料≫
飯田朝子『「あ、それ欲しい!」と思わせる 広告コピーのことば辞典』日経BP社、2017年
円満字二郎『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
笹原宏之『当て字・当て読み 漢字表現辞典』三省堂、2010年
『新聞用語集 2022年版』日本新聞協会、2022年
『日経 用字用語集 昭和60年版』日本経済新聞社、1985年
『明鏡国語辞典 第三版』大修館書店、2021年
≪参考リンク≫
「日経校閲ツイッター」 はこちら
漢字ペディアで「奇」を調べよう
漢字ペディアで「綺」を調べよう
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。
≪記事画像≫
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