新聞漢字あれこれ131 「凜」と「凛」 その違いは…
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
「凜」と「凛」の使い分けについて質問を受けたことがあります。どちらも人名用漢字で、旁(つくり)の下の部分が「禾」と「示」で異なる字です。
凜と凛のどちらも「リン」などと読み、人名でよく使われています。例えば、ミュージカル俳優で歌手の松原凜子さんと俳優の菊地凛子さんは、同じ読み方の「りんこ」さんですが、字が異なります。どちらも名付けに使えるもので、凜が1990年に人名用漢字になり、凛のほうは2004年に人名用漢字になりました。固有名詞ではそれぞれ使い分けることがあります。
2つの字を漢和辞典で引くと、凜が見出し字(親字)として掲げられ、凛はその俗字、別体などとして示されています。そのため、固有名詞ではなく一般的な表記をする場合は標準的な凜を用いることになり、例えば国語辞典で「りりしい」を引くと、「凜凜しい」と凜を使った漢字表記が示されるわけです。画像は『大辞林 第四版』(三省堂)のページからとったもので、凜の右上にある「▼」は表外字(常用漢字表に無い字)を表しています。
凜と凛を使い分けるのならば、人名などの固有名詞は凜と凛の両表記ともあり、一般用語の「りりしい」「りんとする」などは「凜凜しい」「凜とする」のように書くと考えればよいでしょう。ただし「凛凛しい」「凛とする」が誤りだというわけではありません。どちらにすべきかと問われたら「凜凜しい」「凜とする」が望ましいということです。新聞では凜と凛のどちらも表外字のため、原則「りりしい」「りんとする」と表記することになります。
松原凜子さんは凜が人名用漢字になった直後の1992年生まれ。菊地凛子さんは凛が人名用漢字になる前の1981年生まれで計算が合わないと思ったら、菊地さんは芸名でした。人名用漢字による名付けは芸名にまでは及びません。ちなみに、スケートボードで活躍する赤間凛音(あかま・りず)選手は2009年生まれ。報道では「赤間凜音」表記も見られますが、これは誤植ではなく、「1字種1字体の原則」によるものです。複数の字体がある字種について標準的な字を使うという原則で、「桜」(常用漢字)と「櫻」(旧字)だったら、新聞では常用漢字の「桜」を使うのと同じ考え方です。
日本経済新聞朝刊で1995年9月から翌年10月にかけて連載された渡辺淳一さん(1933~2014)の小説『失楽園』。書籍化されベストセラーにもなった作品で、1997年には映画、テレビドラマにもなりました。主人公の恋人である書道教室講師・松原凜子は映画の設定では38歳。文芸作品にこんな校閲は不要かもしれませんが、人名用漢字になった時期を考えれば、凜子の命名は早すぎますね。
今回、データベースで1997年の映画を取り上げた記事を検索したところ、データ上は凛子に、実際の紙面では凜子になっているものがありました。当時の新聞編集で使っていたシステムが凛の文字コードに凜を当てていたからです。1990年のJIS改正で凜が第2水準に追加されたものの、凜と凛をそれぞれのコードで使うようになるのは、次のシステム更新までまたなければなりませんでした。
昨今は若い世代の活躍で凜と凛を紙面でよく目にします。記事データベースで調べると、日本経済新聞では特に2016年以降の数字が顕著で、今後も増えそうな勢い。渡辺さんの生誕90年に当たる2023年、凜と凛の字について調べ、考えてみました。
次回、新聞漢字あれこれ第132回は11月22日(水)に公開予定です。
≪参考資料≫
加藤弘一『図解雑学 文字コード』ナツメ社、2002年
安岡孝一『新しい常用漢字と人名用漢字 漢字制限の歴史』三省堂、2011年
『角川 新字源 改訂新版』KADOKAWA、2017年
『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
『新潮日本語漢字辞典』新潮社、2007年
『大辞林 第四版』三省堂、2019年
≪参考リンク≫
漢字ペディアで「凜/凛」を調べよう
「日経校閲X(旧ツイッター)」 はこちら
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。