歴史・文化難読漢字

新聞漢字あれこれ137 「噶」 秘境の海のイメージ?

新聞漢字あれこれ137 「噶」 秘境の海のイメージ?

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 昨年10月に刊行された『方言漢字事典』で執筆した項目に「噶」がありました。この字を初めて見たのは25年以上も前のことで、化粧品会社ノエビアのヘアケア製品を紹介する記事を読んだときでした。

 記事は1998年5月19日付の日本経済新聞朝刊で、海水のミネラルと海藻成分の入ったトリートメントを取り上げたもの。商品名は「トカラの海のヘヤーパック」と片仮名で、地名は「吐噶喇列島」と漢字で、「トカラ」表記が使い分けられていました。「噶」はJIS第3水準の超1級漢字※で、日経では新聞用フォントに「噶」がなかったため、作字※をしていました。日経紙面でこの字を見たのはこの1回きりです。

 吐噶喇列島(鹿児島県十島村)は、屋久島と奄美大島の間にある宝島など7つの有人島と5つの無人島から成り、「日本最後の秘境」などと言われます。火山列島であるため、新聞やテレビでは地震のニュースで見ることも。もっぱら片仮名で「トカラ列島」と表記されますが、地図に記載される広域の地名としては、国土地理院の「主要自然地域名称図」(1954年)を基に漢字で「吐噶喇列島」となります。「噶」が難解であることや環境依存文字であることも影響しているのか、片仮名の「トカラ列島」表記が報道やその他で定着しています。

 昔の表記を調べると、『日本書紀』(720年)に「吐火羅」「覩貨邏」などが見られますが、現在のトカラ列島との関係は見いだしにくいとのこと。ほかに中国の地理書『中山伝信録』(1721年)に「土噶喇」とあり、国内では20万分1輯製図「中之島」(1890年)と5万分1地形図「平島」(1953年)で「吐噶喇群島」と書かれていました。「吐噶喇」の名の由来は、宝島の「タカラ」によるとする説などがあります。

 ノエビアでは「トカラの海の贈りもの」と銘打ち、豊富なミネラルを含むという吐噶喇列島の海水成分を配合したシャンプーやせっけん類を販売。1996年の発売当時は商品名に「吐噶喇」の文字を使用していましたが、現在は「tokara」「トカラ」に変更しています。ただ、商品箱や容器に記載される説明文と地図には小さい字ながらも地名の「吐噶喇」を見ることができます。

 中国で「噶」は「喀什噶爾」(カシュガル、新疆ウイグル自治区)などの地名に見られますが、訳音字であり特定の意味を持っていません。意味を持たず使用例が少ないところに神秘性があるともいえ、まるで秘境の透明な海のイメージを醸し出しているかのようです。

 事典の項目を担当したものの、現地を訪れることはかないませんでした。書籍類を当たったほか、資料収集の一環でせっけんや吐噶喇の海水からつくった「吐噶喇の塩」を入手するなど「噶」の字の付くものを探したりしました。まだまだ分からないことばかり。いつか秘境の地へ漢字を探しに行ってみたいものです。

吐噶喇の塩                    「吐噶喇の塩」

※超1級漢字:JIS第1・第2水準以外の漢字のこと。筆者の造語。漢検1級の出題範囲である約6000字がJIS第1・第2水準を目安としていることから。

※作字:印刷用の活字や文字フォントを作ること。また、パソコンなどに登録されていない文字を作成すること。(大辞林から)

次回、新聞漢字あれこれ第138回は2月21日(水)に公開予定です。

≪参考資料≫

斎藤潤『吐噶喇列島 絶海の島々の豊かな暮らし』光文社新書、2008年
十島村誌編集委員会『十島村誌』十島村、1995年
『コンサイス日本地名事典<第4版>』三省堂、1998年
『新潮日本語漢字辞典』新潮社、2007年
『増補改訂JIS漢字字典』日本規格協会、2002年
『中日大辞典 第三版』大修館書店、2010年
『方言漢字事典』研究社、2023年

≪参考リンク≫

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

《記事画像》
y-waka / PIXTA(ピクスタ) 「フリイ岳からの眺望」

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