まぎらわしい漢字姓名・名づけ

新聞漢字あれこれ28 どちらのサイトウさんですか?

新聞漢字あれこれ28 どちらのサイトウさんですか?

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 誤りやすい姓の代表といえばサイトウさんでしょう。人数が多いことも影響しているかと思います。校閲をしていてサイトウさんが記事に出てくると、斎藤か斉藤なのか資料に当たりながらチェックします。

 日本経済新聞社の記事審査部員は業務が終わると、その日に担当した紙面でどんなミスがあったのかといったことなどを報告書に記入しています。誤りの傾向などを部内で情報共有することが目的です。それを見ると、実にサイトウさんの誤りが多いかというのが分かってきます。斎藤を斉藤にするもの、逆に斉藤を斎藤にするもの。記者の中には「斎」の略字が「斉」だと思い込み、本来「斉」である人を「斎藤」と書いてくるようなこともあります。

 『ルーツがわかる名字の事典』によれば、「斎藤(齋藤)」姓は日本人の名字ランキング18位で、「斉藤(齊藤)」姓は38位とどちらも上位にランクされています。やはり、同じ読み方で字形も似ていて人数も多いとなれば、間違えられるケースも出てくるでしょう。同書によれば「斎藤・斉藤」姓は東日本に多いということでした。実際、今夏の高校野球甲子園大会に出場した全49校でベンチ入りした882選手の姓を調べたところ、サイトウ選手は8人(約9%)いて、斎藤が7人(北海道、秋田、東京、新潟、静岡、宮崎)、斉藤が1人(静岡)でした。東西に分けると東日本7人、西日本1人となり東が多く、また、静岡県代表の静岡高校には、斎藤と斉藤が1人ずついました。新聞やテレビで正しく報道されていたでしょうか。

 さて、この紛らわしい「斎」と「斉」はどちらも常用漢字表にある別字です。とはいえ「斎」は「『斉』と〝神や仏〟を表す『示』を組み合わせた漢字」(漢字ときあかし辞典)であるため、間違われるのも仕方がないのかもしれません。校閲記者の間では「示すのサイ(斎)」「ナカシメスのサイ(斎)」「いっせいのサイ(斉)」「せいとうのサイ(斉)」などと呼び分けて、相手に字を伝えることもあります。

 少し古い話になりますが、2017年3月3日付朝刊社会面の担当者から次のような報告がありました。ゆうばり国際ファンタスティック映画祭に関する記事で「監督した作品『blank13』が映画祭で上映される俳優の斉藤工さん」とあったのは「斎藤工さん」の誤りだったというもの。映画監督としては「斉藤」で、俳優としては「斎藤」と名乗っているからなのだそうです。芸能関係の話には疎く、この報告書を読むまで全く知りませんでした。この使い分けも実にややこしいですね。

 また、7月の参議院議員選挙では届け出名が「斉藤」で、戸籍が「斎藤」という候補者がいました。画数が少ないほうが、有権者が投票用紙に書きやすいという判断からなのでしょうか。はっきりとした理由は分かりませんが、当選とはいかなかったようです。

≪参考資料≫

朝日新聞社用語幹事編『朝日新聞の用語の手引[改訂新版]』朝日新聞出版、2019年
円満字二郎『漢字ときあかし辞典』研究社、2012年
白川静『常用字解』平凡社、2003年
丹羽基二『知って楽しい「苗字」のウンチク 一日一語でわかる面白知識』PHP文庫、2000年
丹羽基二『地名苗字読み解き事典』柏書房、2002年
丹羽基二『日本人の苗字 三〇万姓の調査から見えたこと』光文社新書、2002年
森岡浩『ルーツがわかる名字の事典』大月書店、2012年
『漢検 漢字辞典 第二版』日本漢字能力検定協会、2014年
『常用漢字表(平成22年11月30日内閣告示)』文化庁文化部国語課、2011年
「新たに刻む ぼくらの軌跡 49代表校メンバー紹介」2019年8月5日付朝日新聞朝刊

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「斉」を調べよう
漢字ペディアで「斎」を調べよう


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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 著書などに『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林 第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

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