気になる日本語漢字の使い分け

新聞漢字あれこれ83 「1」と「一」 数字に悩む

新聞漢字あれこれ83 「1」と「一」 数字に悩む

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 衆議院選挙が10月末に投開票されました。有権者が投じた「いっぴょう」は新聞でどう表記すべきなのか。「一票」か「1票」か。皆さんだったらどちらに投票しますか。

 全国紙を中心に新聞の多くでは、日時、年齢、金額、数量などは洋数字で表記することを原則にしています。それまで漢数字だったものが、2000年代に入り洋数字化へと変わっていったものです。とはいえ、すべてが洋数字で統一されているわけではありません。「一票」と「1票」、社によって表記が異なることもあるのです。

 現在、数字の書き方の基本は洋数字ですが、慣用句、成句、専門用語、固有名詞に含まれる漢数字については、漢数字のままにするのが各社でほぼ共通したルールになっています。例えば「日本一」は「日本1」とはしませんし、「二酸化炭素」を「2酸化炭素」とはしません。ましてや人名の「山田一朗」(仮名)を「山田1朗」などとすることもありません。

 では「一票(1票)の格差」や「清き一票(1票)」の場合はどうなるか。線引きは難しくなります。実際、全国紙5社、通信社2社の表記を見ると、運用が3つに分かれています。この悩ましい使い分けをどう考えるか。専修大学国際コミュニケーション学部で「メディア日本語論1」を受講する学生22人に考えてもらうことにしました。ちょうど選挙の時期に、学生に4通りの表記を示し、その中から新聞表記として適切だと思うものを1つ選び、その理由を説明するという課題です。

「一票の格差」と「清き一票」の組み合わせ

 まず、学生の約8割(18人)が選んだのが③の「一票の格差/清き一票」の組み合わせ。メディアでは7社のうち2社がこの表記になります。学生からは「どちらも選挙の際によく使う成句、固有名詞といえる」「2票の格差や、清き2票など数字が変わることはない」といった理由が挙げられました。説得力のある説明ですね。

 次に②の「1票の格差/清き一票」を選んだ学生は3人。日本経済新聞を含む3社がこの表記をしています。確かに「一票の格差」は固有名詞ともいえますが、A選挙区とB選挙区の格差が2倍だとしたら、B選挙区の1票はA選挙区の2票に当たるので「数字が変わる」ともいえるでしょう。こうした考え方・数字の使い分けも成り立つはずです。

 そして、どちらも洋数字にした④の「1票の格差/清き1票」。2社がこの表記をとっています。④を選択した学生の考えは「表記はそろえたほうがいい」。記事を書く記者にとっても表記を迷うことがないでしょうし、実に分かりやすいともいえます。

 ③を選んだ学生の中に「縦書きは漢数字、横書きは洋数字。基本的に縦書きが多い新聞は漢数字が適切」という意見がありました。新聞もかつてはそうした運用をしていた時期がありました。そう考えると、洋数字の2社は縦書きの新聞を作る段階から、ネットに流す横書きの記事を意識しているとも考えられます。縦から横へ、新聞表記は動きつつあります。

 ①の「一票の格差/清き1票」を除いた②③④の3つの書き方は、それぞれ理由があり、どれが一番良いかは判断しにくいものです。メディアの表記が分かれるのも仕方がないのかもしれません。

 かつて漢数字で書かれた記事をネットニュースとして流す際、自動的に洋数字に直すシステムが使われていたことがありました。当時、「ひふみん」こと将棋棋士の加藤一二三さん(九段)が、「加藤1239段」に化けてしまったという話があります。もうこんなことは起きないとは思いますが、どうでしょう?

≪参考資料≫

『朝日新聞の用語の手引〔改訂新版〕』朝日新聞出版、2019年
『記者ハンドブック 第13版 新聞用字用語集』共同通信社、2016年
『産経ハンドブック 平成24年版』産経新聞社、2012年
『最新 用字用語ブック[第7版]』時事通信出版局、2016年
『NIKKEI用語の手引 2017年版』日本経済新聞社、2016年
『2019年版 毎日新聞用語集』毎日新聞社、2019年
『読売新聞 用字用語の手引 第6版』中央公論新社、2020年
『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』三省堂、2020年

≪参考リンク≫

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。金融機関に勤務後、1990年に校閲記者として日本経済新聞社に入社。編集局 記事審査部次長、人材教育事業局 研修・解説委員などを経て2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)、『加山雄三全仕事』(共著、ぴあ)、『函館オーシャンを追って』(長門出版社)がある。
2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

≪記事画像≫

Rainy / PIXTA(ピクスタ)

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