新聞漢字あれこれ123 続・漢字と片仮名のそっくりさん

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
「これは片仮名のカなのか、漢字の力(ちから)なのか」――。野球の変化球を解説した記事に関して、読者の方から問い合わせがありました。
ここからは混乱のないよう、比較する漢字を青、片仮名を赤、平仮名を緑で表示します。
問い合わせがあったのは、回転するボールの進む方向に対して垂直の向きにかかる力を指す「マグヌス力」の表記。記事中と図の中に出てきたのですが、図の文字がゴシック体だったため、読者の方には漢字か片仮名か分かりにくかったようです。記事は明朝体ですので、力とカの区別はつくものでしたが、先に図を見たためか、混乱したようです。同様に私たち校閲記者でもどちらか判断がつきにくいことがあります。
漢字の「夕」と片仮名の「タ」もそっくりです。「下タ村」という珍しい姓の人がいますが、これは「したむら」と読み、漢字ではなく片仮名です。日本経済新聞でもかつて「下夕村」に間違った事例がありました。似た例ではほかに「新タ」という姓があります。記事データベースで検索すると、他紙でしたがTBSテレビの新タ悦男(にった・えつお)アナウンサーを「新夕」としていた記事がありました。姓に片仮名を使うのは少数派のため、漢字だとの思い込みがあったのが誤入力の原因でしょうか。
漢字と仮名のミスでは、フォントの種類によってはなかなか区別が付きにくいものがあるのも事実。紙の新聞を見ればすぐ分かるような字でも、編集作業で使う端末の文字では判別しにくいことがあります。怪しい字が出てくると、原稿の文字を拡大したり複写したうえで別のフォントに置き換えたりと、校閲記者は工夫をしながら確認をすることがあります。
先日、スポーツ面を校閲した担当者から、プロ野球の記事にあった「ニゴロ」の報告が上がっていました。野球記事では「セカンドゴロ(二塁ゴロ)」を「二ゴロ」と略して表記することになっているのですが、「ニゴロ」に化けていることがたまにあるのです。データベースを調べると、やはり何件か校閲の目をすり抜けて紙面化したものがありました。少し古い記事になりますが、2011年にイチロー選手が「ニゴロ」を打ったとあるのは、正しくは「二ゴロ」です。
「これは平仮名ですよね」。朝刊のグローバル市場面を担当していた校閲歴10年の中堅記者が見つけたのは、片仮名と平仮名の間違い。外国人名の「ヘニング」が「へニング」になっていたのです。第116回で、片仮名の固有名詞の場合、語頭と語尾に漢字が入っていないか要注意と書きましたが、これは平仮名にも当てはまります。指摘を受けて私も文字を拡大して見たところ、確かに平仮名の「へ」になっていました。また、ある日の夕刊では「うクライナ」が登場。これも語頭でした。
悩ましいそっくりさんと校閲記者の戦いは続きます。
≪参考資料≫
『ルーツがわかる名字の事典』大月書店、2012年
≪参考リンク≫
「日経校閲ツイッター」 はこちら
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。