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新聞漢字あれこれ128 「畷」 大阪府の方言漢字

新聞漢字あれこれ128 「畷」 大阪府の方言漢字

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)

 「畷」について調べたことがあります。新聞での使用例を見ると、地名や人名(姓)といった固有名詞に見られました。皆さんが「畷」を見て、まず思い浮かべるのは何でしょうか。

 10月に刊行予定の『方言漢字事典』(研究社)で、いくつかの項目を担当。そのなかのひとつに「畷」がありました。四條畷(四条畷)という地名がまず頭に浮かんだものの、土地カンがあるわけでもなく、「畷」が方言漢字なのかどうか半信半疑のまま執筆作業に入りました。

 姓氏研究家・丹羽基二さんの『知って楽しい「苗字」のウンチク 一日一話でわかる面白知識』によると、「全国に畷の地名はたくさんあり、その土地からおこった人が苗字にしました」とありました。記事データベースで「畷」を検索したところ、地名は四條畷に限らず、愛知県などにも見られましたし、姓では「畷」「高畷」「長畷」「浜畷」などが確認できます。「畷」は糸をつなげたような田間の道、田んぼのあぜ道を表すとのこと。田んぼの多い日本では、広範囲で「畷」の字が用いられていたのでしょう。

 ただし、方言漢字として見るならば、「畷」はやはり大阪府の地域特有と言ってもいいと思います。自治体名で唯一「畷」の字を使っているのは四條畷市であり、南北朝時代の「四條畷の戦い」もよく知られているからです。戦いで敗れた楠木正行を祭る四條畷神社は1890年の創建で、神社が著名になるに伴い近辺に四條畷を名に冠する施設などが増えていったそうです。

 JR四条畷駅は四條畷市ではなく隣接する大東市に所在。1895年の駅開業時は四條畷という自治体はなく、広域地名でした。そのためか現在も四條畷の名を持つ組織・機関は、四條畷高等学校(四條畷市)、四條畷警察署(大東市)など両市に存在します。両市には「畷○○」といった「畷」を用いた名称の企業などもあります。また、四條畷高校が「畷高」と略されているのも見ました。これは「畷」1字で「四條畷(四条畷)」を言い表すことができるということ。同様の事例は他地域にはまれなようで、「畷」が方言漢字であると確信しました。

 四條畷市は旧字の「條」を正式名とし、駅名は常用漢字の「条」を使用することから地元では「四條畷」「四条畷」の両表記が共存しています。この地域を取り上げた記事を校閲する際は、固有名詞の「條・条」とその所在地にまで目配りする必要があり、気が抜けません。

次回、新聞漢字あれこれ第129回は10月4日(水)に公開予定です。

≪参考資料≫

丹羽基二『知って楽しい「苗字」のウンチク 一日一話でわかる面白知識』PHP文庫、2000年
『OD版 角川日本地名大辞典27 大阪府 総説・地名編』KADOKAWA、2009年
『字通』平凡社、1996年
『新潮日本語漢字辞典』新潮社、2007年
『日本地名語源事典』新人物往来社、1981年

≪参考リンク≫

「日経校閲X(旧ツイッター)」 はこちら
漢字ペディアで「畷」を調べよう
漢字ペディアで「条(條)」を調べよう

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

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