姓名・名づけ漢字の使い分け

新聞漢字あれこれ144 「曙」 人名用漢字に点は無し

新聞漢字あれこれ144 「曙」 人名用漢字に点は無し

著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
 

 大相撲で史上初の外国出身横綱となり、格闘家としても活動した元横綱曙の曙太郎(あけぼの・たろう)さんが、4月上旬に死去しました。曙さんを悼む報道では、「曙」に点を付けた1画多い字体を使った新聞がありました。

 全国紙では日本経済新聞・朝日新聞・読売新聞・産経新聞の4紙が「曙」、毎日新聞だけが点を付けた字になっていました。なぜ字形が異なったのか。これについては連載の第5回「大相撲の力士と験担ぎ」で少し触れています。

 1992年5月、大関昇進を決めた曙さんは「天下を取る」意味を込めて、しこ名を「曙」から、つくりの「署」にある「日」の上に「、」を付けた字に改めました。この時、多くの新聞が点付きの字に変更しましたが、日本経済新聞は点のない「曙」のままにしたという経緯があります。これは人名用漢字の「曙」には点がなく、標準的な字を使う原則にのっとったわけですが、当時は少数派でした。今回の訃報では点なしのほうが多数派となりました。紙の媒体が主流だった1990年代に比べ、現在は記事が電子媒体でも読まれることが多くなっているので、電子機器で表示しやすい標準的な字が選ばれたということなのでしょう。

 曙さんは横綱昇進後の1996年に日本国籍を取得した際、戸籍に載せる本名は人名用漢字のとおりにしなければならなかったため、しこ名とは異なる点なしの「曙太郎」となっています。当時は点の有無をしこ名と本名で使い分けていた新聞社もありました。

 しこ名の変更で最近話題になったのが「琴桜」。5月12日に始まった大相撲夏場所から、大関の琴ノ若が「琴櫻」に改名し、元横綱の祖父(先代佐渡ケ嶽親方)と同じしこ名が50年ぶりに復活しました。しこ名は旧字体の「櫻」ですが、新聞では常用漢字の「桜」で表記するため、「琴櫻」ではなく、「琴桜」で報道することになります。

 固有名詞の旧字を新字に置き換えることについては賛否両論あります。ただ、新聞のように幅広い年代の人が読む媒体では、学校で習うような皆が理解しやすい字を使うという考え方も必要になってきます。「桜」も「櫻」も同じサクラを表す字に違いありません。新聞は、複数ある中からやさしい字を優先的に使っているのだとご理解ください。

次回、新聞漢字あれこれ第145回は6月5日(水)に公開予定です。

≪参考資料≫

金武伸弥『新聞と現代日本語』文春新書、2004年
『漢検 漢字辞典 第二版』日本漢字能力検定協会、2014年
『新潮日本語漢字辞典』新潮社、2007年
『マスコミ用語担当者がつくった 使える!用字用語辞典』三省堂、2020年

≪参考リンク≫

「日経校閲X」 はこちら
漢字ペディアで「曙」を調べよう

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≪著者紹介≫

小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。

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